「スナバ」から塩尻に新しい風を吹かせたい

コミュニティ&アントレプレナーシッププログラムマネージャー 岩井美咲さんの耕し方

東京から塩尻に来た理由

2018年8月3日、塩尻に「スナバ」がオープンした。子どもたちが何かしらを自由に作って遊ぶ公園の「砂場」をイメージした、シビックイノベーション拠点である。

3階建ての建物は、建築家によるモダンなデザイン。1階が会員制のコワーキングスペースになっていて、仕事をするもよし、ミーティングするもよし。調理台もあるから、料理をしたり、パーティーをすることもできる。2階、3階は賃貸オフィスになっていて、地域の複数の企業が入居している。

スナバは市内の起業家やフリーランサー、入居企業の社員、そして自ら何かを仕掛けたいという市民をつなげ、新たな事業、イノベーションやムーブメントを起こそうという試みの舞台。その運営を担うのが、世界45都市に存在する起業家のコミュニティImpact HUBのひとつとして、東京都内で起業家のサポートをしてきた「Hub Tokyo」だ。

そして、まだ産声をあげたばかりのスナバを温かく、健やかに育てるために、自ら立候補して「Hub Tokyo」の東京・目黒のオフィスから塩尻にやってきたのが岩井美咲さん。



2013年2月に設立された「Hub Tokyo」で大学在学中からアルバイトを始め、「自分の手足、頭、経験、スキルを全部出さないといけない」という起業家のコミュニティマネジメントのやりがいを知って、卒業後にそのまま就職したという生え抜きのスタッフだ。

今でこそ「起業家のコミュニティ」は珍しくないが、世間で広く認知される以前から個性豊かな起業家たちと密にコミュニケーションをとり、コラボレーションを生み出してきた。その稀有な経験を活かす新たな挑戦の場として選んだのが、スナバなのである。

それにしても、東京の大都会から塩尻への転居に躊躇はなかったのだろうか?

「東京で5年仕事をして、自分がやれること、やれないことも見えてきたなかで、次のステージとしてローカルなところで何かしてみたいと考えていたんです。その時にスナバの話があって。塩尻はもともと縁も所縁もないんですけど、以前に長野の上田市と東京の二拠点生活をしていたことがあって、長野が好きになったんですよね。山をぼーっと眺めているだけで、気持ちいいから。それで、スナバで何ができるかやってみよう!と」

重ねたインタビュー

ローカルなところで仕事がしてみたい。長野が好き。このふたつの思いがスイッチとなって、塩尻にやってきた岩井さん。コミュニティマネージャーとしての仕事は、2018年1月に始動した。プレオープンする5月19日に向けて、「スナバにコミュニティの意見を取り入れよう」と、市民にインタビュー。起業家、職人、シェフ、ママさんなど30人弱から話を聞いているうちに、「みんな、塩尻でやりたいこととか未来への希望を持ってるなぁ」と感じたそうだ。同時に、塩尻の新顔として市民との距離感もつかんできたという。

「やっぱり東京とはちょっと感覚が違うので最初は皆さんとの距離感を測りかねていたんですけど、人懐っこく接すれば心を開いてくれるんだなと感じました。ある日、カフェで一度話したことがある人がずっと私を見ていたので、雨が降ってきましたねと話しかけたら、疲れた顔してるから大丈夫かなと思ってと心配してくれて。私が歩み寄ればみんなも応えてくれる。だからどんどん私もオープンにしていきたいと思いました」

5月に迎えたプレオープンには、50名以上の市民が訪ねてきた。岩井さんはそこでスナバの会員に仮登録した人たちにもインタビューを重ねた。どんな仕事や活動をしているのか、どういうステージに立っているのか、何が足りなくて、どういうことに興味がるのか……。このような聞き取りをして初めて、誰と誰をどうつなげればいいのか、見えてくる。

スナバのような「場」ができても、コミュニティは勝手には生まれない。コミュニティマネージャーの仕事は「場」ができてからが本当のスタートで、岩井さんはいかに有機的が結合を生み出すかを考えながら、コミュニケーションを取っているのだ。

多彩なメンバーたち

その真摯な姿勢が通じたのだろう。8月3日のグランドオープンの日にはプレオープンの倍、100人を超える市民が駆けつけ、1階のスペースが熱気にあふれた。

「すごくびっくりしたし、嬉しかったんですね。それと同時に、スナバや私たちが注目されてるということを改めて実感しました。この熱量を今後どういう風に活かしていくか、次のステージに結びつけていくかを考えていかなきゃと思いましたね」

本格オープンから1カ月が経ち(このインタビューは9月4日に行われました)、スナバも徐々に活気を帯び始めている。現在、仮登録している会員が47名いて、そのうち外国人が2名。ひとりは松本に住んでいながら、「スナバの雰囲気がいい」と塩尻に通っている。外国人メンバーが友人を連れてくることもあるが、6名いるスナバのスタッフのうち、スウェーデンに留学していた岩井さん、もうひとりのスタッフの中島さんも英語を話せるので、ウェルカム。既に日本語と英語のバイリンガルイベントも開催した。

日本人メンバーや入居企業の社員も多彩だ。ブロックチェーンを扱うスタートアップや、ギターに漆を塗っている老舗の若旦那、社会人サッカークラブFCアンテロープ塩尻の事務所、塩尻を代表する企業エプソンのオフィスまで実に幅広い。今は互いに距離を縮めている最中で、取材日には農業のコンサルティングをしている入居企業からメロンの差し入れがあり、その場にいた人たちにふるまわれた。わずかな変化かもしれないが、塩尻に新しい風が吹き始めているのだ。

 


シビックイノベーションを起こすために

年明けから本格的にスナバの運営に携わり始めて、9カ月。塩尻での生活は岩井さんにとっても充実した日々になっているという。

「スナバは市役所と塩尻市振興公社、Hub Tokyoの三者連携でやっています。私は5年間、東京のスタートアップの小さなチームでやってきたので、この異文化セッションはもちろん大変なこともあるんですが、新しい仲間ができたみたいですごく楽しいんですよ。プライベートでも、7月からアパートを借りて市内に住み始めたので、ホームパーティーをしたりしています。友だちもできました」

スナバでも、やりたいことは尽きない。11月からは起業家育成プログラムがスタート。5、6名の起業家がスナバでトークをしたり、ワークショップを行う。キッチンも活かして、飲食で起業したい人がトライアルできるようなプログラムも計画中。それ以外にも、会員同士が打ち解けられるようなパーティーやイベントを積極的に組んでいくそうだ。スナバで刺激を受けて、一歩を踏み出すきっかけになればいいと岩井さんは思っている。


「ここに来ると、そっか、そういうやり方もあったなって気づきを得たり、この人たちとだったら一緒に仕事したい、支えたいってみんなが思えるような場所になっていくのが理想ですね。イノベーションって、カリスマ起業家が起こすようなイメージあるんですけど、ここはもっと多彩色でいい。いろいろな人がかかわるからこそ生まれるものもあって、スナバではそれをシビックイノベーションと呼んでいます。私はスナバ自体がひとつのスタートアップだと思っているので、それを起こすような、起こる可能性を上げるようなことをどんどんやっていきたいです」

text:川内イオ、photo:望月葉子

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