生活にもっと森林を取り込んで。森林の魅力と付き合い方

一般社団法人塩尻市森林公社 初代理事長 田中速人さんの耕し方 2023.9.28

開いていく、森林と人との距離

面積のおよそ75%が森林という塩尻市。昔から森林と共存をしてきた地域だ。かつて家庭の食卓には、採ってきた栗やキノコ、山菜などが多く並び、暖房や炊事には、木炭や薪などの木質エネルギーが使われていた。しかし高度経済成長が進むにつれて、エネルギーは変遷。人々は森林へと立ち入る機会がめっきり減ってしまった。

人と森林が離れてしまったことによって生じるのが、森林の維持管理にまつわる課題。塩尻だけでなく、日本全域が直面している。森林は、建築用材や食材などの提供だけでなく、災害を防ぐ役割も持つ。植物の根が土壌をつなぎ止めることによって、土砂くずれなどを防ぐのだ。そのはたらきを、十分に維持できていない箇所が増えてきたとも言われている。

それら課題を解決するため、平成29年に設立されたのが、一般社団法人塩尻市森林公社。設立に貢献し、初代理事長となったのが田中速人さんだ。田中さんは、森林が豊かな塩尻市本山宿で育ち、25haもの森林を所有するオーナーでもある。

もはや、見て見ぬ振りができない課題。「森林の課題は山のようにあるんです」と田中さん。森林公社や市は、森林の課題を解決する施策を推進しているが、その実現を目指して、まずおこなっているのが “市民や森林の所有者に、森林の魅力を知ってもらうこと”。着目せずにはいられない、森林と共存する暮らし方を伺った。


かつての塩尻の暮らし。森林との共存を本山宿から深掘る

本山宿は、森林に囲まれた中山道の32番目の宿場町。今の蕎麦の姿「そば切り」発祥の地と云われている。松茸がよく採れる地域だ。

「私は、塩尻の森林に囲まれて育ちました。森林の中で、ちゃんばらや基地づくりをして遊んでね。食卓には松茸や栗も並んでいた。地域の子どもたちの手伝いは、薪を山から採ってきて、火を起こして、お風呂を焚くことでしたね」

森林との共存を、子どもの時からやってきた。森林で遊んだ記憶は鮮明だ。大人たちも森林へ入っていた。

「木を切って、薪や炭づくりで稼いでいましたね。村の経済は、森林で回っていたんです」

しかし、そのうちエネルギーは電気や石油に置き換えられて、森林から人は離れてしまった。現在、本山宿で森林事業を専業にしている人はいないそうだ。


管理をしないと、森林はどうなる?

森林に人々が入っていた時代には、必然的に森林は維持されてきた。木を植え、手入れをし、育った木を使い、跡地にまた木を植えるサイクルは、健全な森林を保つ。茂りすぎた木々を切って、まばらにする間伐をおこなえば、森林の中には光が差し込み、新たな草や木が生えていく。手をかけるほどに幹も太り、質の良い木材が育つだけでなく、洪水や渇水を緩和する水源かん養機能や、土砂崩れ防止などの機能が十分発揮されるようになる。私たちの生活環境が安心安全であることは、森林の影響も大きい。

「林野庁が定めた森林経営管理法によれば、森林の管理をするのは所有者の役目。しかし、管理に必要となる機材や重機費用などが、所有者の大きな負担になってしまうんです」

現代では、森林を所有する経済的メリットが少ない。維持管理は法律上定められてはいるが、なかなか手が回っていないのが現状となっている。所有者でも、どこからどこまでが自身が所有する森林なのか、分からない方が多いそうだ。

 

森林に価値を再び

塩尻市役所を勤めあげた田中さん。森林の課題を解決するため、市役所退職翌年の平成29年4月に「塩尻市森林公社」を立ち上げた。各都道府県に林業公社はあるものの、市町村レベルで森林公社を持っている自治体は希少だ。

「当時の小口市長は、私が森林を所有していて、森林を自分ごととして捉えられていると感じていらっしゃったのかもしれませんね。森林公社の設立を、私のミッションとして委ねられました。森林の管理のためには、まず森林でお金が生まれる仕組みをつくらなくてはなりませんので、営利活動のできない市役所とは別団体として立ち上げる必要がありました」

まず森林公社が取り組んだのは「山のお宝」事業。森林の所有者が切ってきた木を、公社が買い取り、薪に加工して必要な人へ販売する。

「森林は、なかなかお金にならないものですから、森林の所有者の方へ、いくらかでもお金を返します。森林が経済的に回れば、維持管理も進みます。森林と市民の皆さんとのつながりを築く、そんな意味合いの事業ですね」

また、台風や雪の影響で倒木した木々の処理もおこなう。倒れた木は、沢や道路を塞いでしまうこともあり、放置すると二次被害を招いてしまうからだ。

「国道沿いや電線沿いなどを見てみると、倒れそうな木がいくつかありますね。しかし法律上、私たちは所有者からご依頼を受けて、初めて動けるんですね。そういう木をお持ちの方は、ちょっと心配。知らぬ間に、被害を他所へもたらしてしまうこともあるからです。所有者になるべくお金がかからないように処理しますので、是非ご相談いただきたいですね」

宗賀本山にある「山のお宝」事業の薪ステーション

適切な間伐をおこなった森林には光が入る


森林公社が支える、森林とエネルギーのサイクル

森林公社では、自分の所有する森林の境界がわからない所有者から依頼があれば、森林を一緒に歩きながら境界確認もする。かつては、自宅用に薪を得るためだけに森林を持っていた所有者もいたため、小さい面積の所有者も多い。

そして、切った木を里へ持ち出すには、重機を入れる林道が必要となるのだが、林道をつくるのは個人では難しいことがある。森林公社では、複数の所有者から承認をもらい、森林経営計画を立てた後、林道や作業道の整備や伐採、管理も推進していく。

これまでに大規模な整備がされたのは、本山宿にある市天然記念物、池生(いけおい)神社前の区画。木をすべて切る皆伐(かいばつ)作業がおこなわれた。所有者から相談があり、今後の管理は森林公社に託されることとなった。

 

「木を切った跡地には、再び木を植えることが定められています。しかし前と同じ樹種が、必ずしも適しているわけではありません。どのような木がベストか、その木が使われるであろう40年、50年後を見据えて考える必要があります」

針葉樹のスギの跡地には、今度は広葉樹のコナラが植えられた。道沿いのため、大きくなりすぎない樹種であり、ドングリや切り株からも新しい芽が生まれるからだ。また、頻繁に手を入れずとも森が持続可能なことが決め手だ。

そして広葉樹は、立派に育てば家具や家の材料として、高値で取引される。池生神社にあった樹齢数百年と思われたトチノキは、家具に生まれ変わるために100万円以上の高値がついている。

皆伐後に植えられたコナラの幼木


興味を森林に向けて。理想の森林との付き合い方

「森林に囲まれている風景は、私たち塩尻市民にとっては当たり前。しかし、物理的にこんなに近くても、生活と森林が乖離しすぎちゃったんですよね」

森林に興味を持ってもらえれば、森林の管理も進むはず。その思いから、市民の生活と森林の距離を近づけることも、森林公社の役割だ。地域の小学校で、森林を通じた教育機会も設けている。特に学有林を持つ宗賀小学校では、子どもたちはノコギリを使った伐採作業を体験する。

「ほとんど空が見えないような状況の森林で、木を間引いて明るくします。そして、足元にはどんな植物があるのか観察したり、木漏れ日の中で体操したりして、森林に親しんでもらいます」

ほとんどの子どもたちが森林に入ることさえ初めての中で、安全策を万全にして実施されている。また、大人たちを対象とした、森林のある暮らしの楽しみを知ってもらうイベントも企画。チェーンソーの使い方を基礎から学ぶ「チェーンソー安全講習会」は、すぐに満席になるそうだ。

さらに塩尻市としては、「塩尻市木質バイオマス利用設備設置費等補助金」を整備している。塩尻市の一般家庭や事業所などで薪ストーブや、ペレットストーブ・ボイラー、ペレット燃料などの設備設置をする際に、かかった費用の一部が補助される。

薪ストーブの周囲は暖かく、炎の揺らぎには癒される。田中さん家族は、自然と薪ストーブの周囲に集まるそうだ。

「薪ストーブは4度楽しめるんです。森林から切り出す時、薪をつくる時、燃やす時、そして見ながら一杯やる時。特に一杯やる時なんて、あの炎を見ているだけで、ほかに何もいらないんじゃないかってくらい」

 

そんな田中さんが今後目指すライフスタイルは、森林と共存する“半林半X”。所有する森林を管理しながら、暮らしを楽しんでいく。

「 “半林半X”は、小さな林業をしながら、ほかの仕事もしていく生き方です。半農半Xという働き方がありますが、それの林業バージョンですね。

私は松茸がもっと生えるように、所有する森林を手入れすることをライフワークにしたい。うちで上手くいったら横展開して、いろんな方の森林でも応用できたらとは思っています。

みなさんの生活の中にも、もう少し森林を取り込んでいただければ嬉しいですね。そして田舎暮らしを楽しむことに賛同していただける方が増えれば、大歓迎。一緒に面白くしていけるんじゃないかと思います」

 

 

実生のトチノキ(池生神社社叢)


取材:2023年7月

text:竹中唯 photo:五味貴志

edit:今井斐子、近藤沙紀

塩尻耕人たち