塩尻市を拠点に「自分らしく、子育てしやすいまちづくり」をコンセプトに活動するソトイク・プロジェクト。目指すのは、まち全体を育児環境ととらえて育児者が自分らしく子育てしていけるようなサポートをすることと、育児にまつわるサービスと育児者を繋げることによって現代の共同育児=「ソトイク」を実現することだ。
「まちの中でも子どもたちを連れて行ける場所や、歓迎してくれる場所はたくさんあるものの、結局のところ乳幼児のお世話は“トイレ・ご飯・お風呂・寝る”のような家ですることがメイン。家にこもって1人でやっているのが大変なわけなので、それを“ソト”に出せたらと思いました」と話すのは、ソトイク・プロジェクト代表のゴレイコさん。
フリーランスのブランドデザイナーとして働く、現在6歳と1歳のお子さんをもつゴレイコさんがソトイク・プロジェクトを立ち上げたきっかけは、いわゆるワンオペ育児の孤独感を持っていたことだ。「いろんな育児者と子どもたちが、一緒にご飯を食べたり、昼寝したり、情報交換ができたりするような共同育児の場所がほしいと思いました」
ソトイク・プロジェクトのメンバーは育児者や保育士による5名。活動内容や、共同育児を目指す想い、まちで繰り広げたい理想の育児観などを伺った。
ゴレイコさんが利用している塩尻のシビックイノベーション拠点「スナバ」で“現代の共同育児=「ソトイク」を実現したい”という想いを共有したところ、まず共感したのが副代表のひとりとなる臼井あかねさん。「ゴレイコさんの想いを聞いて、2児の母として自分にも必要な活動だと感じました」という。
まずは初回イベントとして2021年11月に「ソトイクお試しイベント!」を開催。授乳やお昼寝で一緒に過ごすスペースを用意し、子どもと一緒に参加できるパン教室や、写真館、雑貨屋などが出店したイベントだ。
このときのイベント開催に向けてサポートメンバーとして加わったのが、コロナ禍中に育休を取得した梅田実生子さん。コロナ禍の外出制限中の育児に孤独を感じていたことから、ソトイク・プロジェクトの活動に共感した。もうひとりが当時フリーランス保育士になったばかりで、現在は託児リーダーを務める小西帆波さん。フリーランスとしてどのような子育て支援ができるのか模索していたところ、おもしろそうな企画だと感じて参加した。
実験的に開催された「ソトイクお試しイベント!」であるが、ゴレイコさんが絶対に挑戦したかったのが沐浴。
「私は育児のなかでも子どもをお風呂に入れるのがすごく苦手だったからです。生後1ヶ月程度までの赤ちゃんは、お風呂ではなくタライのようなベビーバスで沐浴させますが、ワンオペだと自分もお風呂に入りながらですし、赤ちゃんを受け取ってくれる人もいないので、赤ちゃんを脱がせて、洗って、拭いて、保湿して、着替えさせて……というのは、すごい大変。沐浴期間が終了したあとの、首すわりしていない、お座りできない、立てない乳児の期間も同様です。そんな経験から、みんながいるところで赤ちゃんをお風呂に入れられたら、サポートもしてもらえるし気持ちも楽になるのではないかと考えました」
その沐浴に参加したのは、当時子どもが生まれたばかりで、現在は副代表の湯浅亜木さん。
「コロナ禍では病院や行政が開催する母親教室もなく、YouTubeなどで調べて育児をしてきました。やっと生後1ヶ月になって外に出られたタイミングで、周りのみんなが沐浴のやり方や、おすすめの保湿剤を教えてくれたりといい機会でした。あとは、みんなにかわいいって言ってもらえたことで、初めて客観的に自分の子を見ることができました。それまでいっぱいいっぱいで育児していたけれど、いかに今が貴重な時間なのかを実感できました」
「ソトイクお試しイベント!」を開催して感じられたことは“育児をシェアできる環境”として継続していきたいということ。そして“自分らしい育児ができる”という観点も大切だと改めて実感できた。
自己表現という点に着目し、次に開催したイベントは「託児付きモクモク会」だ。“育児者がまとまった時間を確保できる託児”を目的とし、子どもを預けている間は育児者が“なにをしてもいい時間”となる。
「育児者には“自分だけのために時間を使って過ごしてください”と伝えています。黙々と仕事をしたり趣味をしたり資格取得勉強をしたりと、それぞれの時間を過ごせる時間です。まだまだ託児することに罪悪感を持っていらっしゃる方も多いと感じますが、それをイベントにしちゃえば、参加しやすいですよね」とゴレイコさん。
託児中は月齢が違う子ども同士でも、とても楽しそうに遊ぶ。年上の子が年下の子の面倒を見ることもあり、和やかな雰囲気。いつもは出会わない友達と遊ぶことで成長したり、子どもたち同士の関係性ができたりするのも微笑ましい。
「託児付きモクモク会」で初めて託児を利用したという母親が、ゴレイコさんにとってとても印象的だったという。
「その方は、子どもと一緒にいる時間が大好きだと話していましたが、いろんな育児者と話すうちに、“自分が友人と話すことも大好きだった”ということを、改めて思い出したのだそうです。私自身も同様の経験があり、もともと映画鑑賞が趣味だったはずなのに、育児期間に入ったことで映画を観たいという気持ちを忘れていました。そうなってくると、自己の部分がどんどん薄れていったような気がします。やっぱりイベントを通して、自分らしさを呼び起こしてもらいたいという気持ちがあります」
これらの経験から、出店者がいるイベントを開催する際は、イベント関係者用の託児を設けることにした。イベントの出店者からは「旦那さんの都合がつかなくて見合わせようと思っていたけれど、託児があったから出店できた」と感謝の言葉もあった。
「子どもがいると、なにかしたいと思っても一歩を踏み出すことに躊躇してしまう方もいると思うのですが、自己表現となる仕事のサポートができたのは、すごく嬉しかったです」と託児リーダーの小西さん。
ソトイク・プロジェクトの大きなイベントが「ソトイク祭」。塩尻市の北部交流センター「えんてらす」を会場に、育児をサポートするさまざまな企業や団体が出店する、まちの育児環境を凝縮させたようなイベントだ。さらに“ソトイク・プロジェクトの想いをシェアし、まちのひとと育児者がともに育児について考えたい”とトークセッションも開催した。
2023年3月に実施した第1回目は「子育ても働くも じぶんらしく」がテーマ。トークセッションのゲストには、会社員やフリーランスとして働くママを招いて、育児についての考えを深めた。2023年11月に開かれた第2回目、今度はパパ目線に。「パパと、育児と仕事と家族と」をテーマに、パパサークルの主催者や新米パパ、ベテランパパなどを招いた。
「パパたちは、あまり育児についてお互いに話さないと聞いていたんですね。話すとしても表面的な内容で、深い相談までいかないとのこと。しかしトークイベントは、パパを中心に大いに盛り上がりました。パパ同士が育児について話せる機会って、多分これまでになかったし、本人たちもその必要性を感じられていなかったのかもしれません」と臼井さん。パパの目線から育児のことを話してもらうのは、すごく新鮮だったそう。
さらにトークテーマには、育児についてだけでなく夫婦のコミュニケーションについても挙げられた。ゲストがどうしても聞きたかったという質問は“奥さんの機嫌が悪いときはどうしていますか?”。
「そのような会話って、やっぱりパパたちはしないんだなと感じましたね。しかし話してみることで心が少し楽になったり、ほかの家はどうなのかなどを聞いて持ち帰ったりすることで、気づきを得てもらえた機会になった気がします」とゴレイコさん。
その後、ソトイク・プロジェクトが定期的に開催してきた「ソトイクお茶会 inスタバ塩尻店」には、パパの姿も見受けられるようになった。
「深すぎず軽すぎず、その場限りのゆるい繋がりのなかだからこそ、お話しできることってありますよね。ママにとって唯一の戦友であるパパ。そんなパパにも育児について話せる機会が必要なのかもしれません」と臼井さん。
多くの育児支援の団体にヒアリングしたところ、見えてきたのが塩尻市にある子育てに使えるサービスの数々。しかし支援体制はあるものの、その存在自体を周知するところまで、まだまだ手が回っていないことが実情だった。
サービスの一例としては、塩尻市社会福祉協議会が運営している「ふれあいセンター」にある、誰でも使える大浴場。ほかにもサイズアウトした子ども服などを譲渡する「おさがり市」。市立図書館が手放した古い育児雑誌や本などを自由に持ち帰れる「ぐるぐるブックス」もある。
「まだまだ知られていない支援を堀り起こして、それが伝わるような、繋いであげられるようなキッカケをイベントでつくりたいですね」と梅田さん。
今後もソトイク・プロジェクトの活動を継続できるように、直近の目標は事業化だ。その事業のひとつが、育児者に向けた外出環境のプロデュース。例えば育児者向けイベントでも、子どもを預けられないと参加を躊躇する育児者は多いことから、イベント時の託児所運営サポートを想定している。
イベント情報の詳細はFacebookやInstagramに掲載。そのほかスタッフによる育児の不安や“あるある”をシェアするPodcast『ソトイク・ラヂオ』もスタートさせた。
「これまで活動してきて、ソトイク・プロジェクトは必要なものだと実感したので、もっと私たちの考えを広げていきたいです。育児をしている、していないにかかわらず、まち全体で育児についての会話もじわじわと増えていくと嬉しいですね。塩尻市のまち全体が“家に思える”ような共同育児を目指していきます」とゴレイコさん。
子どもが使える施設や、スーパー、支援センターの遊び場所、育児支援サービスなどが充実していて、まち全体で子育てがおこなわれる「現代の共同育児」をするフィールドとしてのポテンシャルを持っている塩尻市。育児者たちの挑戦によって、ソト(外)とイク(育)児の境界が薄れていく。
取材:2024年1月
text:竹中唯 photo:五味貴志
※ 第2回ソトイク祭写真:五味貴志
edit:今井斐子、近藤沙紀