「このまちで何かやりたいならあの人に相談してみるといい」。塩尻にはそんな風に人々から慕われ、頼りにされる存在がいる。株式会社加藤鯉鶏肉店の代表取締役、加藤光久さん。元長野県商店街振興組合連合会代表理事であり、2015年には旭日小綬章を受章した御年77歳、まさしくこのまちの“重鎮”だ。
加藤さんが塩尻のまちづくりに果たしてきた功績はあまりにも大きい。中心市街地の大門商店街では20年以上に渡ってハロウィンイベントが開催されているが、立ち上げ当時の大門商店街振興組合理事長がこの加藤さん。まだ日本ではまったく馴染みがなかった「ハロウィン」を開催するために奔走し、最大で15000人もの来場者が集うビッグイベントにまで進化させ続けた。
活動は幅広い。「塩尻」という地名から興味を持ったという「塩」に関しては、「しお研究会」を発足させるのみならず、自身でも塩を学び、長野県で初めて塩ソムリエとして認定された。塩尻市では2014年に塩ソムリエ検定が開催され、さらに14名の塩ソムリエが誕生、翌年には「しおじり塩サミット」が催されている。数々の場を仕掛ける加藤さんの次の展望は、塩の販売を手掛けること。この数年は全国各地を巡り、塩を研究し続けている。
ちなみに、20代の頃からの趣味であるモータースポーツは日本モータリストクラブ(当時)に所属、レースの統一ルールづくり等モータースポーツ振興に向けて委員として汗を流し、JAFから感謝状を贈呈されたこともある。現在も現役のラリードライバーとしてレースに参加する姿は、ただただ「精力的」の一言に尽きる。
縦横無尽に活躍する加藤さん。代表取締役を務める加藤鯉鶏肉店も県内に4つの店舗を構え、休む間もなく動く日常だが、そのエネルギーを支えているものはなんなのだろうか。
「企業の最終目的はお金。考えてみれば当たり前で、収益が上がらないと社長といえども交代させられちゃう。けれども、自分自身はあくまでもひとりの”商人”としてあり続けたい。商人というのは常に“人のために働く”のが目的なんだよね。人の役に立たないと利益が出てこないのが、商人」。その言葉に込める想いは強い。
「昔は“商人”として、旦那は外で商売をしていた。つまり、地域のボランティアなんかをしながら、そこでものを売る“もと”をつくっていた。人との付き合いだね。商売自体は奥さんに任せてね。で、旦那たちが何をやっているかっていえば、お祭りのことをやってみたり、仲間とどこか遊びに行ってみたり、何かあればそこいってみんなでなんかしよう、とか。そういう世話事ばっかりやってたんだよ」。
それは塩尻を一躍有名にしたハロウィンのイベントにも現れている。きっかけは当時の国際交流員のキャサリンさんだった。「商店街でハロウィンを開催できないか」と相談され、娘さんがアメリカで暮らしていてハロウィンに馴染みのあった加藤さんは、その場で「やろうよ」と言って、動き始めた。
「やろうと思ったけど、ハロウィンのグッズが何もないの。日本で売ってない。だからうちの娘に頼んで、航空便でグッズを送ってもらったの。その荷物をあけるでしょ、そのときのカルチャーショック。自分自身もそうなんだけど、そこにいるメンバー全員のカルチャーショックがすごかったんですよ。その衝撃があったからこそ、塩尻のハロウィンは成功したと思うんですよね」。
遊びを通して新しい文化をまちの中に、まちの人たちに届ける。それが加藤さんの中にある“商人”の血ではないだろうか。
「イベントは長くやっていると必ず飽きが来たり劣化してきたりする。鮮度を保つためには常に新しいものを入れていく努力をしなければと思って、最初の10年間は毎年海外に行って調べたり買い出したりしていましたね」。
新しいことを仕掛けてきた加藤さんは、いま現在の塩尻というまちをどのように見ているのだろうか。
「塩尻は、全国でも珍しい、革新の旋風が強い土地柄。だから、俺みたいな人間がいても山田くん(塩尻市職員 山田崇の耕し方)みたいな突拍子のない人間がいても、市で使っているわけじゃない。昔から革新の伝統があるんだよ、このまちは。挑戦を受け入れる要素がある。外から来てくれた力や若い人や市の努力もあってこのまちは活性化してきていると思う。まちには商人としての血を受け継いだ人たちもいくらか残っているしね」。
空き店舗を借りて店を出す若い人たちも増えてきた。しかし、店舗の2階を住居としている人が多いため、1階の店舗を貸すことに抵抗がある人も多い。まちの活性化には空き店舗対策が必要と、加藤さんは空き店舗を貸すよう所有者に働きかけている。「商人が不動産業や他の業種に転換していく、そういうまちづくりもやっていきたい」。未来に向けて、加藤さんは行動し続けている。
加藤さんの笑顔には「やりたいことはどんどんやればいい。応援してやるから」という、まちの後進たちへの愛情が溢れている。近い未来、加藤さんから背中を押された若者が、また一人挑戦を始めるに違いない。
取材:2018年3月
*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。
編集:泉尾智佳
文:泉尾智佳・櫻井澄恵
写真:塩澤亜美子