商店街のことを知るには、
商店街にスペースを持つのがいちばん、
と考えた。

塩尻市職員 山田崇の耕し方

大門商店街で毎年盛り上がるハロウィンイベントの日は、「オールナイト商店街」を開催。上の写真は2014年10月末の様子。

「やりたい人が気軽に自由に真剣に、普段の肩書きとは関係なくできるところなのだ」

大門商店街の一角にある「nanoda」は、「〜なのだ」と題した企画をいろいろと行っている。例えば、みんなで塩尻ワインを楽しむ「ワインなのだ」、空き家があるところをノックして「掃除させてください」と言って、掃除のあとそこでご飯を食べるという「お掃除なのだ」はもう10軒にもなる。そのうちの3軒はこれがきっかけとなり、若者が借りている。全国の塩を野菜やおにぎりにつけて味比べをする「しおなのだ」「30時間トークマラソン」等々。地域のことをみんなで一緒に楽しんでしまおうという精神にあふれていて、「〜なのだ」という力の抜け具合もちょうどよく、楽しそうだと若い人たちが集まり、商店街にも活気が生まれ、交流が起こる。人が集れば情報も集まり、アイデアが生まれて、また次の新しいなにかが生まれていく。「nanoda」は、2012年4月、当初は塩尻市職員の有志が中心となり月1,000円を出し合って運営しはじめた。現在は商店街や移住してきた若い人たちも参加している。立ち上げから代表を務めているのが、市役所職員の山田崇さんである。


「まずは空き家を一軒借りてみよう」

「nanoda」が立ち上がったきっかけは、市役所の若手職員が参加する意見交換会「しおラボ」である。2011年から始まったこの会には、さまざまな課から職員が集い、自由でオープンに対話する。そして、必ず最後にこれから実行したいことを宣言する“プロミスカード”を書く。2012年に開催されたしおラボのテーマは「魅力ある商店街を考える」。ここで山田さんが書いたのが「空き家を一軒借りてみる」だったのだ。大門商店街には130店舗あるが、そのうちの30店舗が空いている「いくら対話しても自分は商店街に住んだこともなく、商売をしたこともない。空き店舗を借りたこともないのに机上で対話をしていても何も始まらないということから、何かやってみようと、目標や目的を決めずに、まず物件をひとつ借りてみたというのがスタートなんです」。


「ひとりじゃ、円陣、組めない」

大学卒業後、設計事務所に就職する予定だった山田さんは、父親から「市役所を受けてみろ、おもしろくなかったらやめればいい」と言われて市役所に入ってみた。市役所のイメージももたないまま配属された先は税務課。固定資産税係となり、塩尻市のいろいろな新築物件をみることができた。もともと建築に興味があったことと、席の両隣の先輩が仕事と遊びを教えてくれたことで、市役所のイメージが変わり、仕事に興味を持ち始めた。次に配属された先の財政課では、先輩の仕事ぶりに惚れて、先輩が希望して異動したと聞いた「松本広域連合」への異動を希望した。松本広域連合は、当初は19市町村が共同で広域消防を運営する消防局としては、全国初の組織だ。
消防のほか、介護や観光など市にとらわれない広域での連携を実行する。塩尻市の外から塩尻を見、生活圏を軸にしながら広がりを持つことと考え始める。これが「大きな転機だった」と山田さんはいう。その後、「えんぱーく」の立ちあげ、「ひとり親家庭の在宅就業支援事業」を若手を中心とした13課17人のプロジェクトチームでの挑戦へと続く。「えんぱーく」での仕事の1つも、それぞれ縦割りになりがちなものごとを横軸でつなげていくことだった。そして多様な人々が対話をしながら進めていく協働のあり方に気づかされたという。この流れでできたのが「しおラボ」。そして商店街の空き家を借りて「nanoda」をつくった直後に塩尻商工会議所に出向し、3年間の出向ののち、2015年に企画政策部企画課シティプロモーション係として市役所に復帰した。


「偶然の出会いからなにかが生まれることが楽しい」

山田さんは、塩尻市での視察受け入れも含め、年100回の講演をこなす。そのプレゼンテーションは楽しく元気だ。だから、山田さんに会いに来る若者は多い。山田さんは会いたい人がいればどこにでも出かけていく。そしてそこで出会った人たちがまた塩尻にやってきて、ネットワークがつくられていく。「誰もやっていないことをしてやっていけたらいい。まちを変えるのはむずかしいけれど、自分の範囲でできることをやっていけば、結果的に市役所の仕事にも結びついていく。もっと先に必要になるだろうことを仕事にする」。そしてそういう山田さんの思いや行動を支えているのが、市役所の上司や仲間だ。50年後の塩尻がどうなるか。「やりたい人がやりたいことができる塩尻にしたい」。


塩尻を
耕すための
取り組み

塩尻耕人たち