子ども講師としてプログラミングの楽しさを伝えたい!

「虹のかけはし」「子どものミカタプロジェクト」代表 上間春江さん、長男・直輝くん、次男・友輝くんの耕し方 2020.8.18

プログラミング教室の講師は8歳と12歳

2019年5月から11月にかけて計6回、塩尻市の市民交流センター・えんぱーくで、プログラミング教室が開催された。なんと、講師を務めたのは、当時小学2年生の上間友輝くん(現在は小学3年生)。そして、友輝くんのサポートを務めたのは、4歳上の兄、上間直輝くんだった。(現在中学1年生)。

今年から小学校でプログラミングの授業が必須化されたこともあり、全国各地でプログラミング講座が行われているが、小学生の兄弟の講師は恐らく最年少ではないだろうか?

しかもこれは、「子どもの講師体験」的なイベントではなく、兄弟で市の職員にプレゼンし、「塩尻まちづくりチャレンジ事業」として認定され、補助金10万円を受けて開催された正式なプログラミング教室なのだ。しかも参加費500円で、2回目以降は定員10名が満員、最終回には18名が参加した。

どうして小学校2年生と6年生の兄弟が、プログラミング教室を開催するに至ったのか。その背景には、市民交流センター・えんぱーくと塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」という2つの公共施設がある。


縁もゆかりもなかった塩尻で就職

兄弟の両親が東京から塩尻市に転居してきたのは、2008年。臨床心理士の資格を持つ母・春江さんは東京・文京区の教育相談室で非常勤の相談員として勤めていたが、直輝くんの出産を機に、移住を決めた。

「その頃、文京区は待機児童数が多くて保育園に入れるのは難しかったし、非常勤だったので育休も整備されていなかったんです。でも仕事は続けたかったんですよね。それで、私は長野県の上田市の出身なので、Uターンも視野に入れて仕事を探していたら、長野県のスクールカウンセラーの求人を見つけて。夫は東京で働いていたので、『子育て期間中は別居もありかな』と思って応募しました」

長野県の面接を受けた際、提案されたのが塩尻市にある長野県総合教育センターの教育相談部門。実は、塩尻市がどこにあるかもわからず、最初は野尻湖と勘違いして「ずいぶん遠いな」と感じたそうだ。それぐらい縁もゆかりもなかった土地だが、カウンセラーとして仕事を続けられること、子どもをすぐ保育園に入れられることに大きな魅力を感じたという。

夫婦で話し合った結果、夫も塩尻で仕事を探すことになり、生まれたばかりの直輝くんと家族3人、塩尻で新生活をスタートした。


お気に入りの町

2008年4月、生徒指導特別支援教育部心理専門相談員として働き始めた春江さんは、塩尻で暮らし始めてすぐに町が気に入った。職場が山の上にあり、周囲は緑にあふれ、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

職場の仲間にも恵まれ、山に詳しい職員が就業時間前に山菜を採り、昼食に天ぷらを揚げてみんなで食べたこともあった。移住先の住民も温かく迎え入れてくれて、「最初の一年はもう、嬉しくてしょうがなかった」という。

「よそ者を排除するような雰囲気が本当に一切なくて、どこに行っても出会う人みんながやさしくって。本当に住みやすくていいところだなあって感じましたね」

移住当初は牛丼屋でアルバイトをしていた夫も間もなく市役所で働くことになり、すっかり塩尻での生活になじんだ上間家。2011年には、友輝くんが生まれた。


えんぱーくから拡がるご縁

春江さんが教育コンサルティングオフィス「虹のかけはし」を設立したのは、2015年。長野県総合教育センターで5年の任期を終えた後もカウンセラー、相談員として働いていた。その時、東京に比べると長野県はカウンセラーの数が少なく、なにか問題を抱えている子どもや親がストレスをためてしまいやすい環境にあると感じていた。その課題を少しでも解消できればと立ち上げた。

その事業の一環として、東京から移住してきた同業の友人とともに始めた子育て支援活動“子どものミカタプロジェクト(通称:ミカプロ)”の活動拠点が、えんぱーく。そこで職員から「塩尻まちづくりチャレンジ事業という補助金があるから、挑戦してみるといいですよ」と教えてもらい、応募したところ採択された。

そこで得た補助金を使って母親をサポートする講座を作ると、「塩尻市内の障害児支援事業からやってほしい」という話になった。その後も、木曽町や南木曽町などから「地域の事業としてやってほしい」と市外からも依頼をを受けて、“子どものミカタプロジェクト”の活動が少しずつ拡がっていった。この間、イラストが得意なママ友や知人のカメラマンに手伝ってもらったりと、春江さんにとって、えんぱーくはまさに縁が生まれ、拡がるきっかけになったところと言えるだろう。

“子どものミカタプロジェクト”の活動は、その後も拡がりをみせた。しかし、普段は自宅での作業が多く、子どもが成長するにつれて「仕事場が欲しい」と感じるようになった春江さんは2018年8月、塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」がオープンするとすぐに会員登録し、コワーキングスペースの利用を始めた。



スナバでの出会い

スナバには多様な職種の会員がいて、年齢層も20代から60代まで幅広い。イベントも頻繁に行われていて会員同士の距離も近く、自然と会話が生まれる環境にある。普段、教育関係者、医療関係者と仕事をする機会がほとんどの春江さんにとって、ほかの業界で働く人と机を並べ、話をするのは新鮮だった。

ここでの出会いが、直輝くんと友輝くん兄弟のプログラミング教室につながっていく。

2018年10月に一度、別の場所で開催されたプログラミングの体験会に参加した兄弟はすっかりプログラミングにはまり、自分たちでインターネットや書籍を見ながら独学するようになった。

春江さんがその様子をSNSにアップしていたこともあり、スナバでも兄弟の熱中ぶりが知られるようになった。直輝くんが塾の行き帰りにスナバに顔を出すと、スナバに席を持つITエンジニアが「直輝くん、プログラミング好きなの?」と声をかけ、そこから直輝くんもスナバのメンバーと親しくなっていった。

「プログラミングとかはんだ付けとか、工作系のこともけっこう教わりました。知らないことを教えてくれて、それを実践させてもらったりもできるから、ためになるし、成長したかなと思います」(直輝くん)

弟の友輝くんが今愛用しているパソコンは、春江さんが以前に使っていた古いものだ。それをちゃんと使えるようにアップデートする際にも、スナバで仲良くなったエンジニアが上間家に訪ねてきて、指導してくれた。「その手順とかが楽しくて。一緒にやらせてもらってとっても面白かったです」と直輝くん。

このような関係ができるのは、春江さんにとって予想外のことだった。

「もう、本当にありがたいですよね。スナバが本来目的としていることではないかもしれないけど、子どもがいろいろな大人に出会えるというのは、すごく意味のあることですよね。スナバは私の仕事場ですが、子どもの将来にとっても貴重な出会いだと思います」


兄弟でプレゼンし、補助金10万円を獲得

ある時、「プログラミング教室をやりたい!」と言い出したのは、当時、小学校1年生の友輝くんだった。春江さんが“子どものミカタプロジェクト”として出展した「しおじりまちづくりフェスティバル2018」の手伝いに来て「イベントって楽しい」と感じ、「僕もなにかやりたい」と思った気持ちと、プログラミングに熱中し始めた時期が重なってのことだった。

それで一度、プログラミング教室の先生に相談し、サポートを受けて教室を開催してみたところ、子ども16人、大人14人が参加する大盛況に。これで手ごたえを感じた友輝くんは「続けてみたい!」と訴えた。それならと、春江さんは友輝くんとえんぱーくの職員に相談に行った。

そこで聞いたのは「子どもでも、塩尻まちづくりチャレンジ事業に応募できますか?」。

その時、「お母さんがいると話しにくいから、ちょっと出ていって」と言われたそうで、春江さんは友輝くんが職員となにを話したのか詳しく知らないそうだが、なにはともあれ友輝くんは職員から「子どもでも大丈夫」と太鼓判をもらってきた。そこで、直輝くんと一緒に応募し、職員の前で「プログラミングが初めての子どもたちにその楽しさを伝えたい」とプレゼンして、見事に補助金10万円を獲得した。

さすがにふたりだけ教室を運営するのは難しいため、春江さんがボランティアスタッフと募ったところ、市内から4人、市外から2人の大人が手を挙げた。そのひとりが、直輝くんがスナバで仲良くなったプログラマーだった。計6回の教室で毎回2、3人が手伝いに来てくれて、補助金から薄謝を出した。

「やりたい」と言う人を応援する町

教室では友輝くんが前に立って説明し、直輝くんはボランティアスタッフとともに参加者のサポートをした。初回は子ども3名、大人1名の参加だったが、2回目から5回目は申込み時点で満員御礼。最終回は希望者全員を受け入れ、初参加が13名、リピーターが5名の計18名が集まった。

最終回は受講生が思いのほか多かったこともあり、兄・直輝くんが講師を担当。春江さんが「説明がすごくわかりやすかったんです」というと、直輝くんが謙遜して「まあそこは年の功で」と言うので、思わず笑ってしまった。

この計6回の教室、友輝くんは「すごく楽しかった」そうで、直輝くんは「人に教えることが好きだな」と感じたという。毎回、ふたりを会場で見守っていた春江さんは、最後にこう振り返った。

「塩尻は、大人でも子どもでもなにか『やりたい』と言った時にやらせてもらえる環境や場があるし、応援してくれる人にもすぐ出会えるんです。本当にいい環境ですね」



取材:2020年6月

text:川内イオ、photo:望月葉子

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