女子学生のパワーで塩尻の魅力を全国に広めたい

NPO法人ハナラボ 代表 角めぐみさんの耕し方 2019.5.28

「シェフが恋した塩尻野菜のスープ」の仕掛け人

2018年12月、「シェフが恋した塩尻野菜のスープ」が完成した。塩尻市のレストラン「ラ・メゾン・グルマンディーズ」の友森隆司シェフが、塩尻で採れた野菜をふんだんに使って煮込んだスープをそのまま冷凍したもので、2018年8月にスタートした「しおじり商品開発プロジェクト」から生まれた。

これは、女子学生が塩尻市と組み、塩尻の新しいブランドとなる商品の企画から製造、販売マーケティングまで行うプロジェクト。現地でのフィールドワークを重ね、「どうしたら塩尻の魅力を多くの人に伝えられるか?」を入念に検討した結果、種類豊富で質の高い塩尻野菜に焦点を当てることになったそうだ。そこから生産者や友森シェフを巻き込んで出来上がったのが塩尻野菜のスープ。

仕掛け人は、NPO法人ハナラボ代表の角めぐみさんだ。社会課題の解決を通して女子学生の創造力やリーダーシップを育むことをテーマに掲げて活動しており、雑誌『AERA』(2018/2/号)の特集「生きづらさを仕事に変えた社会起業家54人」にも選出されている。

東京が拠点で、もともとは塩尻と縁もゆかりもなかった角さん。どういう縁で塩尻野菜のスープをつくることになったのか? その歩みを振り返ろう。


社会起業家の原点は大学時代

角さんは、もともと社会起業家を目指していたわけではない。東京女子大を卒業して、IT企業に就職。そこでウェブ制作の仕事が楽しくなったため、5年で会社を辞めて専門学校に入り、1年間ウェブデザインを学んだ後に、フリーランスとして独立した。

さらに勉強熱心な角さんは、「イチからデザインを学ぼう」と、武蔵野美術大学の通信教育過程に入学。仕事をしながら5年間かけて卒業したのだが、その際に「女性」を意識するようになったという。

「ムサビで主に学んだのは社会のためのコミュニケーションデザインで、NPOの取材に行ったり、自分の問題意識を作品にするということばかりしていました。その過程で、私がテーマとして取り上げるなら、女性の生き方、働き方だと思うようになりました」

その原点は、大学時代にある。10代の時に両親が離婚したことで、「人生、なにがあるかわからないから、手に職つけて自立して生きていけるようにならないと」と考えた角さんは、なんとなく「自立した女性が多そう」というイメージを抱いていた東京女子大に進学。ところが、いざ大学に入ってみると、女子学生の多くが想像以上に保守的で驚いたそうだ。

例えば、有能な学生が就職活動の時に総合職ではなく、あえて一般職を受ける。それはいずれ結婚、出産して主婦になることを前提にしているからだった。角さんはその時に「これは、本人だけじゃなくて、社会にとってもったいない!」と思ったという。

その後、卒業から10年経った頃にたまたま母校の学生と話をして、唖然とした。

「大学は時間が止まっていて、学生の考え方がぜんぜん変わっていなかったんですよ。まだ一般職にしようかな、総合職にしようかなみたいな話をしていて衝撃でした」

ここで角さんは、「社会に出る前に、学生たちにはいろいろな世界があると知ってもらうべきだ」と一念発起。ウェブデザイナーの技術を活かして、「女子学生の視野を広げるためのウェブメディアを作ろう」と思い立った。

そこで自ら株式会社を作り、ウェブメディアを立ち上げ、運営を始めた。たくさんのPVを記録したあかつきには、女子学生を対象にした就活ナビをつくろうという壮大な計画を立てていたのだが、甘かった。いつまでもマネタイズできず、ウェブ制作などの収入をメディアにつぎ込んだ。

苦い思い出

とはいえ、別の仕事をしながら取材に行き、記事をつくってアップする作業をひとりで担うのは無理がある。すぐに自分ひとりでは運営できなくなり、「学生記者」を募集した。すると予想外に多くの応募があり、しかも優秀な女子学生が多かった。

彼女たちのエネルギーと才能を埋もれさせてはもったいないと思った角さんは、武蔵野美術大学で学んだデザインのアプローチで、学生たちが地域課題や社会課題を解決するようなプロジェクトができないかと考えた。ざっくりいうと、デザインのアプローチとは、データを重視するコンサルティング的なものではなく、現場で感じたことをテーマに何かを表現する、何か作っていくという手法だ。

最初のオファーは、2011年に来た。某広告代理店からの案件で、課題は、島根県海士町出身の若い男性の未婚率が高いこと。この課題を解決するためのプロジェクトを立ち上げると、30人ほどの女子学生から応募があった。

初めてのプロジェクトで成果を出さなければとプレッシャーを感じていた角さんは夢中になって走り回った。そして、キャパシティオーバーになった。この時に、予想外の学びを得る。

「学生たちも勝手がわからないから、なんでもかんでも私に聞いてくるんです。でも、私もいっぱいいっぱいだったから、ある日、『自分たちで考えて』と投げ出しちゃった。そうしたら、学生たちがどんどん動き出したんですよ。この時に、先回りしてやったらだめだなとわかりました。学生を見守るけど手は出さない今のスタイルは、この時に学んだことです(笑)」

最終的に、角さんと学生たちはクライアントと組んであるグッズを完成させた。この仕事を通して角さんは学生たちに大きなポテンシャルを感じたし、なにより楽しかったと振り返る。もっと別の仕事もしてみたいと思ったから、こういうことをしました、という実績をあちこちで話すようにした。すると、ひとつ、ふたつと依頼が入ってくるようになった。ハナラボの仕事だけで食べていけるようになるまでには何年もかかったが、角さんは持ち前のパワーで前進し続けた。


塩尻市とのつながり

塩尻市とのつながりができたのは、横浜市とのプロジェクトがきっかけだった。塩尻市役所の山田崇さん(現在の地方創生推進課シティプロモーション係、係長)が、そのプロジェクトのイベントを見に来てくれたのだ。

知り合ってからしばらくした後、山田さんから「塩尻市に女子学生だけのインターンを入れたい」という相談があり、角さんがアドバイザーに就いた。それから塩尻市との関係が始まった。

角さんと塩尻市が2017年に手掛けたのは「旅するスクール」。これは「首都圏の女性が都内でライティング、塩尻で撮影を学び、塩尻の人を取材する」という内容だった。

塩尻への往復の旅費は自費というハードルの高さにもかかわらず、20人の女性が参加した。取材となると、単なる旅行とは違って取材相手の話を熱心に丁寧に聞くことが目的になる。しかもそれを参加者自身が記事化したものが、塩尻市のオウンドメディア「塩尻耕人」に掲載される。そのため、参加者の真剣度、熱量、そして満足度も高いプロジェクトになった。

これが縁となって、塩尻市のふるさと納税の返礼品のパッケージもハナラボが参加者を集めてデザイン。いつの頃からか、角さんが塩尻市に足を運ぶ回数も増えていった。

そして、2018年8月から「しおじり商品開発プロジェクト」が始まる。

「シティプロモーション係の小野(貴博)さんから、塩尻市のプロモーションについて相談があったんです。それで、塩尻市の魅力を伝えるための商品開発に取り組もうと、女子学生を集めました。集まった9人の女子学生たちと塩尻で3泊4日の合宿をして、アイデアを出しました。50個のアイデアから塩尻のプロモーションに繋がること、ハナラボらしさ、自分たちがワクワクできるか、という3つの視点で候補を絞っていきました。合宿が終わった時点では4つのアイデアが残っていたのですが、東京に戻ってきてからハナラボのメンターにも意見をもらって、最終的に塩尻野菜のスープに決まったんです」

このスープには、角さんの個人的な思い入れもある。塩尻に来るたびにご飯を食べていたのが、友森シェフの店「ラ・メゾン・グルマンディーズ」。友森シェフはフランスで修業後、塩尻の野菜にほれ込んで、縁もゆかりもなかった塩尻でレストランを開いた。それだけに塩尻野菜への愛は尽きず、角さんがお店に行くたびに友森シェフから塩尻野菜の素晴らしさを聞いていた。その影響を受けて、塩尻野菜が大好きになっていたのだ。



「手さぐりのプロ」を応援してくれる町

スープに決定してからの動きは速かった。まず、学生たちがコンセプトを立案。コンセプトを元に友森さんが11種類のスープを試作し、10月の終わりに試食会を開催した。5種類に絞ってから、2カ月後にはリリースを出している。角さんにとって初めての食品開発で勝手がわからないことばかりだったが、それまでアウトプットの形にこだわらず、あらゆる依頼に対応してきた柔軟性がここで活きた。

「知識もルートもないところか始まったので、ほんと大変でした。私、尊敬している人に『手探りのプロ』って命名してもらってすごく気に入ってるんですけど、ほんとに今回、手探りのプロとしての仕事を全うした気がします。あまりに不確実なことが多くて、学生たちはストレスを感じていたみたいです。でも、途中で私自身も暗中模索しながら走っていると理解してくれたみたいで、柔軟に動いてくれるようになりました」

食品会社の担当者だったら目をむきそうなスピードで進むプロジェクトのなかで、波風嵐に揉まれて学生たちも逞しくなったことだろう。

もちろん、スープを作って終わりではない。アウトプットまで考えるのが角さんの仕事だ。スープの完成と同時に立ち上げた「シェフが恋した塩尻野菜のスープ」のクラウドファンディングによる販売では、目標の50万円を期間内に達成し、金額はさらに伸びた。塩尻市のふるさと納税の返礼品にも指定されており、トータルでは230セットを販売している。

それだけの数の人が、今までほとんど世に知られていなかった塩尻野菜を味わうのだ。そのなかには、次は塩尻で食べたい、という人も出てくるだろう。スープはハナラボの自社商品として開発しており、製造・販売もハナラボの責任で行う。もちろん、資金もハナラボが出している。単発のシティプロモーションとしての商品ではなく、息の長い商品として販売するつもりだ。今回開発したのは冬のスープだが、春・夏・秋とスープをリリースしていく。

仕事を通じて塩尻と縁を深めてきた角さん。塩尻はとても居心地がいいようだ。

「塩尻の人たちはみんな、挑戦させてくれますよね。それがすごいなと思います。今回関わってくれた市役所の方や友森さん、製造を担当してくださった美勢フードラボさんもそうだけど、自由にやらせてくれるし、応援してくれるし、柔軟に対応してくれる。よそ者にここまで協力してくれるって、感動ですよね」

手さぐりのプロは、塩尻に事業所も開設した。相性抜群の町で次は何を仕掛けるのだろうか。


取材:2019年3月

text:川内イオ photo:望月葉子

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