漆の可能性を平沢から発信したい。

「未空うるし工芸」岩原祐右さんの耕し方 2017.6.7

「漆の可能性をもっと広げたい」と目を輝かせ、笑顔で答えるのは、木曽平沢で漆職人を生業としている岩原裕右さんだ。岩原さんは漆職人として平沢の漆の会社に勤めながら、同時に「未空うるし工芸」を立ち上げ、日々オリジナル商品をつくり出している。いわゆる二足のワラジを履いている漆職人だ。

漆を身近なものにしたい

岩原さんは、これまでの漆製品の概念を覆すようなモノを創り出したいという。例えば「気軽に漆を身近に感じてもらいたい」という想いが詰まった漆塗りのマグネットや、「特別にプレミアムな一品を届けたい」というコンセプトの漆塗りの名刺などがある。


特に漆塗りのマグネットは、特別な想いが詰まった自分の原点なのだと岩原さんは言う。とっつきにくいイメージがある漆製品を「どうしたら身近に感じてくれるか?」と深く考えて、「手に取りやすいチョコレートのようなイメージ」で仕上げた。「我ながらいいものができたと思っています。商売的には厳しいんですけどね」と岩原さんは笑う。


「漆製品そのものが国内外問わず、多くの人に注目してほしい。そして、漆製品に触れたことがない人にも良さを知ってもらいたい」という想いが岩原さんの根底に流れるものだ。

こうした活動が認められ、2016年に日本で52名しかいない「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」に長野県代表として選出された。岩原さんは選出されたことは素直に名誉で嬉しかったと答えつつも「他の人がむちゃくちゃスゲーんですよ」と謙遜する。他の選出者から刺激を受け、外に目を向ける必要性を感じたと言う。

さまざまな仕事を経てたどり着いた、漆職人への道

旧楢川村、現在の木曽平沢出身の岩原さんが初めて漆に触れた機会は幼少期に遡る。祖父が漆職人だったこともあり、小さい頃からよく祖父の手伝いをしていた。ただ、すぐに漆の世界に飛び込んだ訳ではない。高校を卒業後、建設会社、アクセサリー販売、金属の溶接・加工会社とものづくりの現場で働き、30歳で現在の漆職人の道へ進んだ。

「どの仕事をしていても独立心というか、自分でやりたいという気持ちを常に持っていました。またこれまで一貫して何らかのものづくりに携わりたいという気持ちもありました」。ものづくりに対するぶれない気持ちを保ちながらいろいろな経験をしてきたことが、結果として岩原さんの視野を広めてきた。


木曽平沢で漆の仕事を続けたい

岩原さんの今後の目標はなんだろう。「野望ですけど、いまは二足のワラジを履いている状態なので、いずれは自分のブランドで独り立ちできるようにしていきたい」。

岩原さんの目は、平沢というまちにも向けられている。「新しいことにチャレンジしながらも、いまある伝統は絶やさないようにしたい。漆器をやりたいという若い人たちを受け入れる環境を整えていきたいですね」。

現在、平沢の漆職人はかなり高齢化が進んでいるという。いろいろな取り組みをしているが、なかなか一筋縄ではいかない。外から人が入ってこられるように、まち全体が一丸となって行政を巻き込みながら進めることが重要だ。

「生まれ育ったこの平沢で活動することにとてもこだわりを持っています。地元でがんばることで産地や業界のアピールに繋がるので、このまちなみの中で漆を塗ることが重要だと思っているんです」。

岩原さんにとって、木曽平沢の魅力はどこにあるのだろうか。「夜はとても静かですよ」と岩原さんは笑いながら答えてくれた。「それから人がとても暖かいです。夜遅くまで作業していると、『夜遅くまでがんばるね〜』『無理するなよ〜』と声をかけてくれるんです。都会にはない人と人との繋がりがこの平沢にあります。仕事は忙しいですけど、生活面ではスローライフを過ごせていると実感します」。

漆職人として新しいことに挑戦する日々。その裏側には、平沢のまちを愛する気持ちと同時に、未来を変えていかなければならないという強い気持ちが溢れている。



(文:児玉充駿 写真:伊藤実沙子)

*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。


旅するスクールに参加して

■ライター(児玉充駿)
インタビューは初めての経験でとても楽しかったです。岩原さんへのインタビューで一番印象に残っているのは「みんな必死ですよ」という言葉です。伝統ある文化やまちなみを守るということは簡単ではないということを身に染みて感じました。
それから自分は平沢のまちが好きなんだなということに改めて気づかされました。言葉では上手く表せませんが、独特のあの雰囲気に魅了されます。また今後もいろいろなことにチャレンジしていきたいと思います。

■カメラ(伊藤実沙子)
2ヶ月に渡って行ったライティング・カメラ講座は学びの宝庫でした!
興味を持っていたものの、なかなか足を踏み込めずにいたふたつの分野をプロから学ぶことができたのは本当に運がよかったなと感じています。
カメラ越しにインタビューを聞いたり、風景を見たりするのはいつもと一味も二味も違い新鮮さを感じたとともに、見たままを写真にすることのできない難しさも感じました。地元に住んでいながらも、奈良井や平沢には数回しか訪れたことがなかったのですが、そこに住む素敵な人を取材したことにより、ガイドブックには載らない地域の良さを知ることができました。本当にいい経験ができました。

塩尻を
耕すための
取り組み

塩尻耕人たち