2017年3月5日、えんぱーくで「大人のためのワインセミナー」が開催された。50人の男女がワインを楽しみながら交流する、長野ワインの発祥の地として知られる塩尻ならではのイベントだ。紺のジャケット姿に金色に光るソムリエバッジで颯爽と登場したのは、ソムリエの花岡純也さん。ワインについての講義を笑顔とともに歯切れ良く伝えたかと思えば、クイズを出して参加者同士に楽しく会話するきっかけを軽やかにつくりだす。ファシリテーターのようなソムリエだ。
花岡さんにはふたつの顔がある。長野のワインを広める「銀座NAGANO」のソムリエと、松本の「ワヰン酒場 かもしや」の顧問という顔だ。東京と長野を行き来する中で、どんな未来を見ているのだろうか。
実家は松本で旅館を経営していた。旅館ではお客さまに海外のワインを出していたが、長野にもワイナリーがあるのに、なぜ長野のワインを提供しないのかと疑問に感じた花岡さんは、地元のワイナリーに足を運ぶようになった。そこでのちに花岡さんのワインの師匠となる方と出会った。ある時、師匠に言われた一言が、ワインに対する花岡さんの向き合い方を大きく変えた。「飲むときにそんな難しい顔をして、純ちゃん楽しい?」それから、「ワインを美味しく、楽しく!」伝えることが、最も大事なポリシーになった。
長野ワイン、とりわけ塩尻のワインにはどんな特徴があるのだろうか。塩尻のワインに使われている品種である「ナイアガラ」と「コンコード」はアメリカ系品種で、生食用のぶどうだ。このぶどうでつくったワインは、フレッシュさを楽しんでもらうタイプのワインである。つまり、1年2年と寝かさず、つくった年が飲み頃なのだ。「すぐお金になるので、すぐに農家に支払いもできる。これが土台になって、しっかりした経営基盤ができるんです」。塩尻ワインを支える、大切な品種なのだ。
他の地域なら3000円はするヨーロッパ系品種のワインが、塩尻では1500円程度で手に入るのも、こうした安定した経営基盤を持っているからなのだ。
長野ワインの歴史は、塩尻抜きでは語れない、と花岡さんは言う。1964年の東京オリンピック後から、辛口ワインを醸造するために、シャルドネやメルローなどのヨーロッパ系品種のぶどうが栽培されるようになった。しかし、ヨーロッパ系の品種は、日本の風土には適さず、病気や冷害に弱い。従来の品種から切り替えるにはリスクが大きく、誰もが躊躇した。そんな中、当時、中信葡萄酒組合の会長だった林五一さん(林農園創業者)と大黒葡萄酒(現メルシャン)の麻井宇介さんが「メルローがちゃんとできるようになるまでは、メルシャンが全部買い取る」と約束したのだという。そして1989年、メルシャンの桔梗ヶ原メルローがリュブリアーナ国際ワインコンクールで大金賞を取った。塩尻のワインが世界に認められた瞬間である。
塩尻で毎年開催されるワイナリーフェスタは、チケットが即日完売するほどの人気だ。「ワインガイドを育てる講座」を受講したワインラバーの市民が、巡回バスでワイナリーを案内しするガイドをしたり、情報を発信者したりして、またワインラバーを増やしていく。ブドウ畑でピクニックをしながらワインを楽しむ市民も多い。そんな文化が塩尻に根付きつつあるようだ。
松本の「ワヰン酒場 かもしや」は5周年を迎える。コアな日本ワインラバーには有名な店だ。「店を出したのは、生産者と消費者の架け橋になりたいと思ったからです。例えば、そのグラスワイン、後ろにいる彼がつくったんですよと言うと交流が始まりますよね。ワイナリーのオーナーがいれば紹介して、実際に足を運んでもらう。そんな、生産者と消費者がつながる拠点にしたかったんです」。
いま銀座NAGANOでやっていることも、かもしやでやっていることとまったく同じだと花岡さんは言う。銀座NAGANOにはカウンターバーがあり、日本酒、ワイン、ビールが飲める。単にお酒を提供するだけでなく、ストーリーを加えてあげることで「あ、じゃあ今度のゴールデンウィークいってみようかな」という流れになる。行くとなったら、事前にワイナリーの工場長に連絡しておく。そんな地道な努力が長野ワイナリーのファンを増やしている。
ワインとの関わり方を毎日考えているという、花岡さん。「ワインの醸造やブランディングなどの手助けもして、長続きする循環型のワイナリーをどうつくっていけるかを考えています。2020年のオリンピック後もワインが売れるように、いまから海外に向けて少しずつルートをつくっているんです」。
銀座NAGANOには、ジャーナリスト、デパートのバイヤー、外国人も足を運ぶ。海外の大使館の方が「スキヤキを食べるときにあう日本のワインはないの?」と尋ねて来たこともある。花岡さんは、塩尻で生まれた長野ワインを、確実に日本全国、世界に広めている。
取材:2017年4月
文:木村比呂子
写真:目黒万里子
*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。
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■ライター(木村比呂子)
塩尻とワインの奥深い魅力に引き込まれました。映画になりそうなくらい魅力的な先人たちが塩尻にはいて、1回だけでは終わらなかったので、銀座NAGANOにも追加インタビューでうかがったのですが、そこでも花岡さんは「美味しく!楽しく!」人と人をつないでいました。私はお酒が得意ではないので、めったにしないのですが、銀座の取材終了後にロゼをいただき、もっとワインを楽しみたいと思いました。こんな思いがけない扉が開くのも、旅するスクールならではのマジックですね。