中畑清さんは、自転車レーシングチーム「イナーメ信濃山形」(以下、イナーメ)の監督だ。「イナーメ」とは、フランス語で中畑さんの住む長野県山形村特産の“長芋”という意味。イナーメは一般社団法人全日本実業団自転車競技連盟(JBCF)に加盟するプロツアーチームで、中畑さんも含めメンバー全員がフルタイムワーカー。それぞれの仕事を持ちながら、レースごとに参集する老若男女が所属する。 イナーメはさらに、レース活動だけでなく、長野県各地で自転車による地域貢献、自転車のある生活の提案をテーマに、人々に自転車の楽しさ、マナーを啓蒙するイベントを長野県各地で行ってもいる。
例えば、塩尻商工会議所と共同開催している「しおじりチャリフェス」は、春には松本歯科大学、秋には信州塩尻自動車学校で行っている。子どもたちに大人気の「ランニングバイクレース」、初心者からベテランまで一緒に行う「クリテリウムレース」(短い周回コースで着順を競う)のほか、安全な転び方から、2列・3列・4列の隊列を組んで走る集団(プロトン)走行練習、先頭交代して後ろにさがるときの対応の仕方を知るローテーションまで、安全に走るためのノウハウをいろいろと体験できるプログラムを組む。
「自転車の動きを知っている自動車のドライバーがひとり増えれば事故は減るということを、僕はまず提言したいんですよ」。もっと楽しく自転車に乗ってほしいから、クルマと自転車のマナーをもっともっとよくしていきたいし、そういう社会をつくりたい。自転車という視点から、社会を大きなくくりで考えるというのが中畑さんの姿勢だ。 「レースは自転車の一部分。買い物も一部分。プロの世界とママチャリの世界の間にもいろいろな自転車のあり方・楽しみ方がいっぱいあるんですから。旅行もしかり、ポタリングもしかり」。中畑さん、ポタリングってなんですか?「ポタリングというのは、いわば自転車に乗ったお散歩です。自転車にお茶の道具を積んで、ピクニックみたいなことをやって帰る。そのときはおしゃれをしていきましょう、という企画なんですよ。高級で高性能な自転車じゃなくても、服装だけでもおしゃれにするって素敵じゃないですか」。
木曽福島に生まれ育ち、剣道少年だった中畑さんが、自転車と出会ったのは高校時代、17歳の頃。稽古の帰りにロードレーサーに出会って衝撃を受ける。「なにあれ!? ってびっくりしてね。乗っていたのが違う科の一年先輩だってわかった翌日にはもう“自転車教えてください”って言ってました」。それから中畑さんは自転車競技にのめり込み、自転車のためにバイトをし、レースに参加し、自転車の8ミリ映画までつくった。
高校卒業後は就職して東京に出たが、10年後、「自転車ともう一度向き合おう」と家族4人で山形村に戻ってきた。仕事をしながら自転車を続け、「気づけばイベントをやりながらいろいろな人と出会うきっかけができていたんです」。
さまざまな人との出会いが、中畑さんの「塩尻を自転車のまちにしたい」という強い想いになっていく。そして2025年には塩尻で世界選手権を開催したいのだという。
「僕の企画はかなり具体的なんです。世界自転車競技連合による開催条件の中に、開催場所には4000人の宿泊施設があること、とあるんですけれど、塩尻だけで考えると無理。でも、塩尻-松本-安曇野—長野という広域圏で考えればクリアできます。長野〜塩尻間だと150kmくらいですからワンデーレースだってできますし、140kmという決まりがある高校生の全日本選手権もできる。150kmあれば実業団レースもできますから、1年ごとに、善光寺スタートで塩尻がゴール、翌年は塩尻発で善光寺ゴールと、スタート/ゴールを変えればいい。そういうワンデーを年一回やる! あ〜、ワクワクしてきちゃった!」。この話をするだけで、中畑さんの目はもうキラキラである。「平らな一般国道じゃなくて、朝日村や山形村など東の山麓線を走って、浅間の麓を通って、四賀地区を通って緩やかな山をふわふわいくのが楽しいね。ひとつ6kmくらいの峠があるので登って下る。それをヘリコプターで空撮するんですよ! そうしたらテレビ局も食いつきますよね!」
とはいえ、夢を現実にするには数々のハードルがある。例えば一般公道を貸し切りにするのがまず難しい。「だからいま、既成事実を積み上げていこうと思うんです」。チャリフェスもそのひとつだ。まちのイベントで自転車のエキシビジョンクリテリウムができたら楽しいし、世界選手権への道のりのひとつになるかもしれないと考えている。子どもから大人まで誰もが自転車を楽しめる機会と知恵をまちの中に徐々に増やしていって、目指すは「自転車のまち塩尻」。
「塩尻は空気がきれいで、走っているとぶどうの香りがするんですよ。降水確率も低いし、自転車で観光するメッカになればいいなと思うんです」。清々しい空気の中でツーリングをしたり、日常生活を楽しんだりする光景を描きながら、自転車でまちの文化を耕していこうとしているのだ。
取材:2016年11月
photo:Ando“AN”Masaki