料理人だからできること。
農家と雇用をつなげる仕組みができないか、
と考えた。

「ラ・メゾン・グルマンディーズ」オーナーシェフ 友森隆司さんの耕し方

「美味しい野菜を美味しく食べる方法があるんだよ、って伝えることが料理人の役目」

塩尻市大門商店街にあるフレンチレストラン「ラ・メゾン・グルマンディーズ」のオーナーシェフ友森隆司さんは、もともと広島出身で、本場パリや横浜、東京、松本など、さまざまな地域のフランス料理店で働いてきた。塩尻に来たのは、たまたまの縁。塩尻の飲食店の立ち上げを手がけ、後2011年に「トムズレストラン」をオープンし、2015年に「ラ・メゾン・グルマンディーズ」と改称した。

友森さんが塩尻に来てまず驚いたのは、野菜がおいしいこと、そして食材の豊富さ。「塩尻の野菜は日本一ですよ。首都圏なら1玉500円するようなものが80円とか100円で売っている。食べたらおいしい。超一級品なんだけど規格に合わないから流通していない。しかも、お肉も川魚も日本酒もあるし菜種もつくっている。塩尻食材だけでフランス料理がつくれてしまうくらい種類も豊富。僕はいろいろな地域に行っていたけど、そんなまちは日本どこを探してもないですよ」。でも、と友森さんは続ける。「長野は保存食の文化だから、それが根強く残っている。時代とともに鮮度が上がってくるから保存する必要がないんだけれども、そういう食べ方をしてしまう。新しい食べ方を提案していくのが、僕ら料理人や飲食店の役割なので、自分がここでそれができれば、新しい文化がつくれる。そうしたら将来ここで新しい店をやろうと思っている人がでてくるんじゃないか、塩尻から巣立った人たちが将来戻ってくる場所になるんじゃないかと思うんですよね」。食文化を根付かせ、この土地の人たちが自分たちの新たなプライドを再発見できることを目指して、少しずつ塩尻を揺り動かしたいのだと言う。


2016年6月3日(金)〜5日(日)まで開催された「木曽漆器祭」では、出張マルシェ。あっという間に売り切れた。

「農家を元気にしたい。 お母さんたちにも元気になってもらいたい」

友森さんは、お店だけでなく、「nanoda」のイベントや料理教室など、積極的にあちこちに出かけ、地域と交流している。「そういうところでは、店では全く見たことない人たちが来ます。話を聞くと、うちの店にランチを食べにくるお金を出せない、子育てで精一杯、という人がたくさんいたんです。そういう人たちのキーワードは“働けない”だったんですよ。子どもを連れて働ける場所がないって」。お店をやっているだけでは見えない景色があるのだな、と考えていたとき、ふとひらめいた。

友森さんは、野菜を仕入れるために、毎朝、農家さんを回る。そんなとき、余った野菜もいただく。「これもあるから、って分けてくれるんですよ(笑)」。そんな旬の野菜を「軒先マルシェ」と称して、毎日店の前に並べているのだが、野菜を引き取りにいくことなら、子連れだってできるんじゃないか。いいものをつくっているが販路が限られている農家さんと、子連れでも働きたいおかあさんたちをつなげて、双方の収入にしていく。そうして始まったのが市民団体「ちび商人(あきんど)」だ。「軒先マルシェ」を通じて地元のとれたて野菜を地元の人たちに届け、美味しい食べ方の提案や料理教室の開催、出張マルシェなども行っている。

「これが段階的に大きくなっていけば、置かせてもらえる場所も増えていくでしょうし、地場の野菜を買える人も増えるでしょう。こういうことをもっと地域の中で広めていきたい。将来、お母さんたちが自分たちの子どものために農家さんを回って集荷した野菜を学校に届けて給食になったらいいな、と思っているんです。もちろん全員がやらなくてもいい。雇用がない人や収入を得なくてはいけない人、もちろん子どもが食べているものに興味がある人でもいい。20年後、そこまでたどり着けたらいいなと思うんです」。


「人とのつながりを感じられるまちだから」

友森さんは、「農家さんたちが一生懸命つくっているものをもっと評価させたいし、農家の人たちが“つくってよかった”と言える証をつくりたい」のだという。子育て中のおかあさんたちと農家さんたちをつなげて雇用と収入が生まれる仕組みをうまくつくっていきたいと考えているのだ。「いいものがあるのにうまく使われていないのはもったいないと思うんですよ」。良い農産物はつくるだけでなく、どうやって売り、どうやって提供していけばいいのか、料理人で店舗経営をしているからわかることもある。「行政と違って民間がやるべきことは、収入を得て継続していくことです」。流通や販売によって値段も売り上げも変わる。商売の仕方を手伝ってあげることで、よりよい地域にしたい、と友森さんはいう。

「塩尻は人情味の濃い土地柄、人と人のつながりを感じられるまちなんです。完全にアウェイの状態で店を始めてからここまで来れたのは、人とのつながりができたとことがとても大きい。だからその恩返しなんですよ、いまここでやっている活動は」。



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