求む、若手。丁寧な手仕事で生産者と繋いできた縁を残したい

矢沢加工所理事長 塩原輝子さんの耕し方、再び

1年前、「塩尻耕人」サイトの第一号として掲載された矢沢加工所。このたび、「2016年度ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」を獲得したという。そこで、改めておうかがいしてみた。

「女性というのは、働き手になっていても、自分のお金が自由にならない時代でしたから。働いたら報酬をもらえるようにと運動を始めたんですよ」

農家の女性の地位向上を目指して始めた活動から加工所ができ、その加工所ももう13年目を迎える。


若い農家の仲間たちをつなげるハブに

ただ無我夢中でやってきたと話すが、その丁寧な仕事ぶりから、顧客は増える一方だ。この冬はリンゴが不作だったため、そのまま出荷できないぶん、加工所への依頼が一気に増えた。結局、需要に押され、例年よりもリンゴの加工シーズンは2ヶ月近くも延びた。忙しさを振り返るも、「矢沢さんとこはマメな仕事をしてくれる、って。若い後継者の人たちもね、喜んでくださって、自分の友達を、次から次へと紹介してくださるもんですから。それが私たち嬉しくって」

自分でいろいろと研究して試作品を持ち込む若い農家の方も多く、作る加工品の種類も増えている。

昨年、新しい取り組みを始めた。友達がいなくて寂しがっている農家の男性がいると聞き、「私たちでなんとかしなくちゃいけないね」と発起。「ばあちゃんたちとお茶飲み会しませんか」と独身男性たちを募り、できる範囲でのご馳走を準備し、ゆっくりお茶を飲みながら話し相手になろうと考えた。企画は大盛況で、市内外から30人以上も集まったという。参加者には20代、30代の男性も。「今度は会費を出すから、また来年もやっとくれやね、とすごく喜んでくださって。ばあちゃんたちの楽しみのひとつですよ」

おばあちゃんたちのおもてなし料理の一例


額縁からのぞく矢沢加工所の「歴史」

事務所の壁には、資金不足の折に助けてもらった市への恩返しとして、毎年寄付してきた社会福祉協議会からの感謝状がかけられている。「お金がない年は物を寄付してね。だからね、5年に一度ずつ表彰状がきていましてね」と塩原さんは語る。

恒例のお茶の時間には、おばあちゃんたちお手製のおやつにおかずが食べきれないほど並ぶ。お客さんや業者の方が来ると、一緒に加わるよう必ず声を掛けるそうだ。多くの人の助けやご縁があってここまでやってこれた。だから、おもてなしの心や、人に対して優しく接していくことを一番大切にしている。表彰状もその証だ。今後、人が変わろうとも、そうであってほしい、と願っているという。

壁には所狭しと並ぶ、たくさんの賞状。知事から直接受け取った表彰状もある


ふるさと名品オブ・ザ・イヤー部門賞受賞

矢沢加工所はこの度、地域に眠る名品とそのストーリーを発掘する目的で、内閣府ほか、関連団体・企業によって開催される「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」の「主婦やシニアの方の活躍創出部門賞」の入賞が決まった。
どうして自分たちが取れたのかわからないと話しつつも、パートで入ってくれている2名の若いお母さんたちにとって、なるべく働きやすい環境をつくってきたことも評価されたのでは、と塩原さんは考える。例えば、決まった休みというものはないものの、子どもが熱を出したり、授業参観だったりという時は遠慮なく休んでもらっているという。「自分たちもそうやってもらってきたんだから、今度は若い人たちにもそうしてあげたいねって」。
もちろん、おばあちゃんたちのパワフルな活動と、丁寧につくられた美味しい製品が高く評価されたことも間違いないだろう。

東京で開催された地方創生賞の授賞式には、若手の都合がつかず、全員で行くことは叶わなかったが、シニア全員で行こうと決めた。「代表だけじゃいけない。この加工所はみんなで盛り上げて来たんだからね」。理事長という肩書きは付いているものの、一人ではとてもじゃないけれどできなかったことは強く感じている。加工所の前身から一緒に頑張ってきた佐倉さんとは、「ふたりで一人前」と笑う。


「もう年齢的に私たちの代で終わりかなと思うけど、それはちょっと寂しいなと」

前回の取材時には探し始めていた加工所の後継者は、まだ見つかっていない。最年少だった塩原さんも73歳、一番上は89歳になる。
「私もこれだけやったから、もう次の代に譲って、他のこともやってみたいかな」。
営業・商品開発に加工と、ひたすら会社の経営に奔走してきた塩原さんは、引退したら家庭菜園や趣味のことをしながら、気分的にゆとりがほしい、と話す。
後継者がいないまま加工所を閉めることも考えるそうだが、矢沢加工所を頼って持ち込む人たちのことを思うとそうもいかない。
「これだけの顧客がいますからね。私たちがお客さんに対して持ってきた気持ちを大事に受け継いでほしい」というのが塩原さんの願いだ。


(文:今井斐子 写真:目黒万里子)

*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。


旅するスクールに参加して

■ライター(今井斐子)
初心者の拙いインタービューで恐縮だったのですが、塩原さんの方が取材に慣れてらっしゃって、記事作成に役立つであろうお話をいろいろ聞かせていただきました。一番印象的だったのは、すべてのベースにある「自分たちでなんとかできる、しなきゃいけない」という力強い思いでした。この思いがそもそもの矢沢加工所の設立につながり、細かいところでは農家の男性のお茶会企画などでも現れていると感じています。他人ごとで済まさない考え方を見習いたいところです。

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