木曽平沢をものづくりに関わる人が集まるまちにしたい

伊藤寛司商店代表 伊藤寛茂さんの耕し方

漆ってたいしたものだ

伊藤寛茂さんは、木曽平沢で漆器を製造・販売している「伊藤寛司商店」の店主。この店で生まれ育ち、東京のIT会社に就職後、20代後半に4代目として店を継いだ。江戸時代から約100年、代々続く伊藤さんの店は、裏にある蔵で職人が漆器を製造し、店で販売する「昔ながらの漆器屋」。このような形態の店は、ここ平沢で唯一伊藤さんの店のみとなった。


伊藤さんが大切にしていることは、何事も自分で経験すること。漆器の販売だけでなく、漆器づくりにも伊藤さん自身が携わる。「最近は職人がいない店も多く、若い世代がなかなか漆を塗る現場を見る機会がないんです。なんとか昔ながらの形を残していかなければと思っています。そのためには、生活にあった商品を開発して、漆器を使ってもらえる裾野を広げたいですね」。

伊藤さんの店には、お椀や箸などの伝統的な商品以外に、現在の生活にあったさまざまな商品が並ぶ。例えば、コーヒーカップ。海外のお客さまからの要望に合わせ、パスタ皿とフォークを商品化し、いまでは定番の型となった。漆器は、熱を通しにくく表面が熱くなりにくく、口触りがまろやか。持ってみると軽く、テーブルに置いた時にかちゃかちゃ音がしない。伊藤さんは確信を持った表情で言う。「漆ってたいしたものだ。」


食事に出かけるとき、伊藤さんは漆のスプーンを持ち歩くという。「日本の食事は、器を持って口に運ぶ。まず目で楽しんで、食品の触感を楽しんで、匂いを楽しんで、味を楽しんで、五感全部を使って食事を楽しむのが日本食という文化。漆を使っているとそういう感覚がわかるんです」。


街に賑わいを取り戻す

木曽平沢は漆器を販売する店が数多く立ち並ぶ、独特のまちなみだ。「日本全国探してもこれだけ漆器店が並んでいるまちなんて、どこにもないですよ。日本にないということは、世界でここだけ。このまちなみを守って、ものづくりに関わる人たちが集まる場所にしていきたい」。

伊藤さんは、木曽漆器青年部(以下青年部)の部長として、平沢のまちづくりと木曽漆器産業の振興につながる活動をしている。青年部には、木曽漆器産業を受け継ぐ志を持つ、木地屋、塗師屋、小売、卸売の職に就く若手26名が所属する。

「漆産業が元気だったとき、木曽平沢にはひとつのコミュニティが完全にできていました。こんな山の中なのに、通勤電車から人が降りてきて」。昭和40年代には、パチンコ屋が3軒、寿司屋も飲み屋も食堂も2、3軒あったそうだ。その頃の賑わいは取り戻せないとしても、仕事があれば人が来てくれるはず。そう考えて、青年部で新しい取り組みを始めた。


筑波大学の建築・地域計画研究室と進める「木曽漆器産地活性化プロジェクト」だ。二四重商店という建物を改修して、青年部が会議や漆塗り作業の活動拠点として使っている。いずれはアーティストインレジデンスの拠点として活用する考えだ。

「今後は、漆器だけではなく、例えば、近くで陶芸をやっている人とか、金属の加工をやっている人とか、ものづくりに関わる人が集まってきてくれるようなまちにしたい」と青年部で話し合って動いている。

ゆくゆくは、平沢にある空き家を宿泊施設としてリフォームして、宿泊体験を通じ、「平沢に実際に住んでみたいという流れにつなげていきたい」と伊藤さん。そのために、みんなで機械や道具を共有して使えるような工房の設置も考えている。

漆の世界はまだまだ広がる

「COCORO プロジェクト」も青年部の取り組みのひとつ。このプロジェクトでは、昭和女子大学の環境デザインを専攻している学生たちが漆を使った商品のデザインを考案し、商品化を目指している。2017年末には、アクセサリーやテーブルウェアの販売が予定されている。

漆は、異素材と組み合わせやすい素材だ。金属、ガラス、木など、ほとんどの素材に塗れる。その特性を活かして、木工と革の職人とコラボして、革と漆器を組み合わせたバッグの新商品も開発している。「漆器とコラボできるアーティストが来てくれると、漆器の世界が広がってくれると思います」。


若いデザイナーや異素材のアーティストとコラボする取り組みは、ようやく実を結び始めた。木曽平沢をものづくりのまちへ。伊藤さんたち青年部の挑戦は続いている。

(文:齋藤 翠 写真:大石真子)

*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。


旅するスクールに参加して

■ライター(齋藤 翠)
インタビューの途中、伊藤さんが海外への想いを語り終わったその瞬間に、オーストラリア出身の海外客が来店。伊藤さんたちの願いが実現されるような、良い流れを感じました。今後の伊藤寛司商店そして平沢の発展が楽しみです。旅で出会った人たちのリアルなストーリーに触れることができたとても貴重な機会でした。

■カメラ(大石真子)
初めて訪れた塩尻での取材はとても面白くて、塩尻の魅力にたくさん触れることができました。伊藤さんをはじめ、今回の旅で出会ったみなさまの熱い想いをうかがうことができて、わくわくしました。漆器について語る伊藤さんの笑顔は本当にステキで、その雰囲気が写真を通してみなさんに伝わっていたら嬉しいです。

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