気候風土に寄り添い、調和を重んじる庭を提案。作庭家が挑戦する茶房の佇まい

株式会社庭蒼 代表取締役 熊谷崇さん、須田美海さんの耕し方 2025.09.04

塩尻市洗馬の住宅地のなかにある造園会社の「庭蒼(にわそう)」。創業の2006年以来、一般家庭や店舗の庭園を手がけている。それらの庭は、自然がそのまま移ってきたかのように見える一瞬もあれば、お互いの美しさを引き立たせるような、緻密な相互作用を感じさせる一瞬もある。

「庭とは、自然の無造作とは異なる、美しさの追求ができるものです。それはとても尊いものです」と話すのは、庭蒼の代表取締役である熊谷崇(くまがい・たかし)さん。

庭蒼が大事にしている作庭への哲学や、庭のある暮らしの気づきのほか、今後展開する茶房「一緑(いちりょく)」への想いなどを聞いた。


気候風土に寄り添う庭を作る哲学

設計から施工、そして剪定や維持管理まで一貫しておこなうその評判は、長野県内にとどまらず、県外からの相談も増えていて、全国誌をはじめとする様々なメディアにも取り上げられるほどだ。

(熊谷さん)「作庭における信条は、その土地の気候風土に寄り添うことです」

この魅せ方が支持されてきた。たとえば長野県の庭であれば、長野県に根付く植物や、自然素材を用いる。木でよく選ばれるのは紅葉やコナラ、ミズナラなど。山から掘り上げて庭に植え替えるのだ。

(熊谷さん)「標高や気候があまりにも異なった土地に植え替えてしまえば、植物にストレスがかかってしまいます。新しい場所で生き続けるためには同じような環境がふさわしい。そして大きいものになってからの掘り上げは木にとっての負担が大きいので、高くても2、3mと、なるべく負担が少なくなるものを選んでいます」

庭木としてメンテナンスしやすく、枯れづらく、そして花が映えるものを見極める。長野県の植物を熟知して、庭設計の提案へと繋げているのだ。


また、植物だけでなく、地域で採れた石も取り入れている。

(熊谷さん)「植物には生命があって変化がある一方で、石は動きません。静と動。相反するものですが、マッチするんですね」

石は日本庭園における大事な構成要素のうちのひとつ。西洋の庭とはまた異なる印象をつける。

(熊谷さん)「石は空間に対するサイズを見ながら配置を決めて、据えつけていきます。たとえば家の窓から見たときの景色がいちばん格好良く見えるように、まずは大きな石から置いていきます。そのあと、先ほどの石を引き立てるための次の石が決まり、そのあとも、それらを引き立てるために次の石が決まっていくんです」

石の配置から始まる作庭風景


石の配置では、繊細な試行錯誤が続く。

(熊谷さん)「石を1つずつ外していったとしても美しさを保てるように。あるいは、どれが欠けてもバランスが崩れてしまうように。さまざまな想定をふまえて、ふさわしい配置を決めていきます」

長野県の庭を手がける場合は、松本市の里山辺地域の山から切り出されたものを取り入れている。昔から里山辺を含む山辺地域は石が切り出されてきた歴史があり、松本城の石垣にも多く使われている。苔むした姿は、自然の姿だ。

(熊谷さん)「その石を取り扱うのは当社のみと聞いています。勿体無いですよね。長野県には良い石がいっぱいあるのですから、自然素材の良さが見直されてほしい気持ちがあります」

小さい石はタイルのように、手作業で組み上げていく


人のための調和のとれた庭。自然とは一線を画す

先ほど 「山から庭に植え替える」 と表現したが、だからといって、庭は完全なる自然の模倣ではない。

(熊谷さん)「自然と庭はまったく違うものであると、最近は強く思うようになってきました。人が、人のために手を入れているのが庭というものです」

庭は住む人が生活しやすいように、住む人が手入れしやすいように設計するものと定義する。

(熊谷さん)「最近よく聞くのが『庭が無造作に見えても、自然らしいじゃないか』という声。しかし、僕はそれは違うと思うんです。庭の美しさの追求がされなくなってきている前兆に聞こえます。だんだんと庭の尊さが失われつつあるような危機感を感じるんです」

庭は、自然の無造作とは異なり、美しさの追求ができるものだ。その地域の山に生きる植物が、庭でも同じように力強く存在感を放つ一方で、調和を重んじた緻密さのある設えも両立している。

(熊谷さん)「庭では、育む美しさの追求ができる。僕は庭というものは、すごく尊いものなんだっていうことを伝えていきたいんです」

 

庭で実感してほしい。その土地にたどり着いた喜び

哲学がありながらも「お客さんから都度求められているものに沿っていきたい」という熊谷さん。お客さんが庭と共に、ずっと長く住んでいくことを念頭において柔軟に対応していく。何も無いまっさらなところから作庭することもあれば、もともと植えられていた植物を生かしながら、イメージを刷新することもある。

そして求められているものは、形だけではないことのほうが多い。

(熊谷さん)「お客さんの想いを乗せた庭が求められますね。たとえば『お父さんが大切にしていた庭を生かしたい』とご希望があれば、その想いやストーリーをもとに庭を設計していきます。

そのほかにも、お客さんが子どものときに感動した原風景を掘り出して提案することがありますね。心のなかに浮かぶ原風景は、自然の景色じゃない場合もあります。

それらをベースにして、たとえば山のなかを歩いていて『もっとこうだったらいいな』と思い描かれる、理想の景色を重ね合わせます。庭っていうのは、心のなかに思い描かれた心象風景を投影したものだと思います」

庭蒼の事務所の窓から。額縁のように庭が縁取られる。


心象風景を投影した庭を、その地域らしい自然の恵みで表現していく。その人の人生を乗せた庭は、その人が住む地域でなくては作れない。

(熊谷さん)「僕は5年前に、自宅の庭を自分で作りました。長野県の植物や素材に囲まれて思うのは『この地域に生まれて、こういう植物達で庭を作れてよかったな』ということ。だから、お客さんにも『長野県に暮らしていてよかったな』『長野県に生まれてよかったな』と思ってもらえたら嬉しいですね」

県外のお客さんについても同様の想いだ。その土地らしい庭ができる尊さを感じてほしいと考えている。

(熊谷さん)「僕らは長野県で生まれて、長野県の気候風土を熟知しています。長野県とは異なる気候風土のところからも、お声がかかるようになってきたので、やはりその土地を知り、気候風土に寄り添っていきます。

その地域の植物を使った庭ができあがった際には、繰り返しになりますが『ここに移住してきてよかったな』『ここで生まれてよかった』などという気持ちになってもらえたら嬉しいですね。その土地らしさというものは、全国どこにでも、東京にもあるはず。その気候風土を重んじて作庭を追求することが、私達の仕事だと思います」


長野県の自然に導かれて。庭蒼の庭に惹かれて。

長野県の自然と、そのもとで生まれた庭蒼の哲学。その2点に惹かれて、今年2025年の2月に神奈川県から移住し、同年の春から庭蒼に仲間入りしたのが、須田美海(すだ・みう)さんだ。

(須田さん)「夫の実家のある長野県に移住をしようと、長野県を初めて訪れたのが去年の8月です。茅野から安曇野まで巡るなかで、八ヶ岳や北アルプスなどの標高の高い山々に目を奪われました。

太陽が当たり、山の地形に合わせて陰影がくっきりと綺麗に現れている山々に、とても感動しました。神秘的かつ威厳のある、力強いその姿に触れて、昔の人が山を信仰対象にした理由が分かった気がしました」


神奈川県で勤めていた会社をリモートで続けようと考えていたものの、長野県にいるからこそできる仕事に携わりたいと考えた。求人を探して見つけたのが庭蒼だった。

(須田さん)「庭蒼の事務所横に広がる庭の光景を見た瞬間、長野県の山を初めて見たときと、とても近い感動を覚えたんです。庭を歩かせてもらったときにも感動して、ここで働きたいと思いました。自然の良いところを一部分だけ切り取ったような庭は、都会にもよくあるとは思うんですけど、庭蒼の手がけた庭は自然を結実させたものだと感じました。山のすべてを凝縮させた、山のすべてを感じられる庭です」

 

毎日の庭の移ろいを、追う豊かさ

最近の住まいは敷地面積が狭く、庭に面積をあまり割けない場合も見受けられる。そんな条件のなかでも「木を1本植えてほしい」というご依頼は多い。

(熊谷さん)「うちは長野県への移住者のお客様が多く、やはり緑を求めておられます。『緑がないと生きていけない』 そのことを、本能で分かっている方達じゃないかなと思います」

それでも、アパートやマンション住まいなどで、暮らしに緑を取り入れられないことも多い。そんな方でも緑を身近に感じられる場を、庭蒼が提供する。2025年9月5日にオープンとなる茶房の「一緑」だ。

ガラス越しに見える、店舗をぐるりと囲む庭は、敷地面積の7割にもなる。3組限定の12時からの事前予約制のコースと、15時からの喫茶の営業をおこなう。この茶房で調理から接客まで担うのが須田さんだ。

取材時はオープンに向けて、職人達が作庭を進めていた


(須田さん)「お客さんにはランチを楽しみながら、自然を感じてゆっくりしてもらいたいです。そして、私が抱いた長野県の自然に対する感動を、この場所で一端でも感じてもらえたら嬉しいです」

「一緑」という名は、熊谷さんの好きな言葉である「一」と「緑」を組み合わせた。そして、以前に勤めていた会社の経営理念であった「一期の縁、一輪の花、一礼の和」という言葉が、熊谷さんの作庭家人生のなかで大きな指針ともなっている。「縁」の意味を「緑」に込めている。

「縁と緑って、なぜこんなにも似ているのか」と熊谷さん


庭は充足感であふれている。ここにあるのは、資本主義の社会に沿った消費や何かを手に入れる幸せではない。心を満たしていくのは毎日の庭の移ろいだ。

(熊谷さん)「毎日変わっていく庭。この姿が見える暮らしでは、これ以上、何もいらないと思えるんです。四季により変わる景色はもちろん綺麗ですし、冬に落葉して覚える寂しさでさえも味わい深い。その移ろいを追うことこそが、豊かさなのです。

1回きりでなく、その移ろいを楽しむためにも繰り返し来たいと思える、そういう場でありたいと思っています」

 

庭に込めたメッセージ。人々の心を潤す雪解けの水

熊谷さんの作庭家としての人生は25年を超えた。ひとたびの集大成が「一緑」の庭である。

(熊谷さん)「これまでに自由な表現が許された庭といえば、事務所の庭です。それ以来の自由な表現の場となります。

『長野県にはこんな植物があって、私はここに生まれたのだから、このような庭が作れるようになった』そんな自信にも繋がったのが、我が家の庭です。今回も長野県の良さを集結させた感覚があります」


ただ美しい景観にとどまらないのが日本庭園だ。日本庭園が始まって以来、その時代、その時代の人々の安寧や救い、願いが込められてきた歴史がある。

「庭は、その時代の大衆の人たちに寄り添う歴史があります。たとえば禅宗の教えをもとに静寂や精神性を重んじる枯山水や、極楽浄土へ導く庭園など、その時代に合わせて表現されています。今回の一緑も、現代へのメッセージを重んじた庭となります」

 

一緑」の庭のコンセプトは「雪解け水」だ。山からの恵みである雪解け水をイメージし、庭にストーリーを落とし込んだ。庭は母なる大地とつながる場所だ。

熊谷さん「山の雪から解けた水が、生命の源になる流れを表しています。庭蒼も山から学び、山の恵みを生かしている会社です。たくさんのことを山から得ているんです」

はじまりは庭の鎖樋から流れる雪解け水。最初はちょろちょろと、わずかながらも力強い恵みの水が、庭の奥へと流れていくたびに、さらに強い流れとなって大きな力を秘めて、池を生みだしていく。

庭の鑑賞者の感想はそれぞれだろう。しかし庭が提示する「充足感」の勧めは、人生を豊かにし、ときには救いにもなりそうだ。

 

取材:2025年8月

text:竹中唯 photo:山田智大

 edit:近藤沙紀(三地編集室)、今井斐子

塩尻を
耕すための
取り組み

塩尻耕人たち