日本全国で空き家が深刻な問題となっている。令和7年度の空き家は約900万戸、7軒に1軒が空き家という状況だ。塩尻市においても、令和7年度の調査で空き家は1338戸と確認されている。
そんななか塩尻市では、行政と民間が連携して空き家の利活用を目指す「空き家・空き地バンク」が運営されている。役割を担うのは3者。まず「塩尻市」が空き家の調査を実施し、株式会社しおじり街元気カンパニーの「空き家コーディネーター」が相談窓口となり所有者とのやりとりや物件調査を行う。市内不動産事業者19社が所属する「塩尻市空き家利活用促進連絡会」が仲介業者として売買に向けて動く。
行政だけではできないこと、民間だけではできないこと。それぞれの役割を分担することで、空き家の売買や利活用が進められている。

所有者の情報を持つ行政。相談を受けるコーディネーター。売買を担う不動産事業者が連携して空き家が動きはじめる
空き家の売買は、土地だけの不動産取引よりもはるかに手間がかかる事例が多く、不動産事業者においては、社会貢献的な側面も大きい。
「空き家が減って街並みがきれいになれば、防災や防犯にもつながりますし、『塩尻に住みたい』と思ってくださる方も増えるはずです。地域経済の活性化にもつながると考えています」と話すのは、「塩尻市空き家利活用促進連絡会」の会長を務める株式会社恩田地建の恩田ヒロシさん。そして事務局長を務める有限会社クリエイトの向山清人さんだ。
全国でも珍しい行政と民間が連携する空き家対策の仕組みや、空き家売買における困難、空き家利活用で見いだせる塩尻の未来について伺った。
「塩尻市空き家利活用促進連絡会」が発足したのは2016年。全国で空き家が社会問題として注目され始め、長野県内でも各自治体が対策を模索し始めていた頃だ。当時、塩尻でも空き家は既に800戸ほど。市は「空き家対策の担い手」となる不動産事業者を探していた。
恩田さん「当社にも相談がありましたが、当時は空き家の売買自体が一般的ではなく、事業として成り立つかどうかも分かりませんでした」
市による担い手の相談は4年間続いたが、その問題に立ち向かう事業者は現れなかったようだ。
恩田さん「行政だけでは解決できないことは分かっていました。なぜかというと、行政は空き家の調査や所有者への働きかけはできますが、不動産の売買はできません。宅地建物取引業の免許を持つ不動産事業者との連携は不可欠なんです。誰かがやらなくてはならない。それで引き受けることにしたんです」

不動産事業者は「全国宅地建物取引業協会連合会(以下、全宅)」と「全日本不動産協会(以下、全日)」という2つの宅建協会のいずれかに所属している。地域全体で公平に空き家対策を進めるには、両団体が協力する必要があるが、全国的にも両協会が連携する事例はほとんど無いという。
恩田地建は全宅に所属。そこで声を掛けたのが、全日に所属するクリエイトの向山さんだ。
恩田さん「もともと知り合いだったので、一緒にやろうと声をかけたんです」
向山さんも、行政との連携の必要性を感じていた。
向山さん「実は以前から空き家問題には関心がありました。ただ、不動産事業者から所有者へ手紙を送っても、ほとんど反応が無いのが現状です。行政からの働きかけの方が、圧倒的に信頼されます。だからこそ、お互いに協力することが一番だと思いました」
空き家対策の体制は整ったが、実際に空き家を売買するためには、いくつものハードルがあった。そこで連絡会としては、ハードルの高さをひとつずつ下げていくことにした。
まず市に提案したのが、空き家の解体費用に対する補助金制度だ。当時の解体費用の相場は100万から150万円だったことから(現在は解体費用が上昇)、半額相当の50万円の補助金制度を提案した。
向山さん「解体補助金制度が空き家対策の第一歩でした。所有者の自己負担が少しでも軽くなることで、空き家の動きが出てきます。補助が始まった当初はあまり浸透していませんでしたが、段々と知られていきました」

もう一つ高いハードルだったのが、塩尻市郊外に多い「農地付き空き家」だ。法律では、農地は原則として農業従事者しか取得できない。そのため、住宅を売却できても、農地だけが所有者の手元に残ってしまう。
そこで市では、農地法の特例制度を設けて、一定の条件を満たせば、農業経験の無い人でも空き家と一緒に農地を取得できるようにした。これは中信地区では初の取り組みだ。
恩田さん「通常であれば、農地を取得するには農業従事者としての実績が必要です。しかしこの特例によって、会社員の方でも空き家と一緒に農地を取得できるようになりました」
向山さん「住宅と農地を一緒に売れるようになったことは、大きな前進でした」
補助制度や農地法の特例によって、空き家を売るためのハードルは少しずつ下がってきた。それでも不動産事業者が担う手間はまだまだ多い。空き家の売買は、更地に比べて5倍ほどの手間がかかると言われている。その理由は、古い住宅ほど現在の制度に必要なデータが無いことが多いからだ。
まず必要になるのが、土地の境界を確定すること。しかし、古い住宅では測量されたことが無い土地も多く、隣地との境界が曖昧なケースは少なくない。売買するためには、境界を接する所有者全員に立ち会ってもらい、正式に境界を確定させる必要がある。この作業が終わらなければ、不動産の売買そのものが始められない。
恩田さん「昔は土地の境界を、川や石、木を目印にして話し合いで決めていたこともある。木なんて大きくなってしまうのにね」

そもそも未登記の空き家も多いため、所有者が分からないことも多い。
向山さん「相続を重ねると、2代前なら相続人は10人以上、3代前なら100人近くになることもあります。その全員の同意がなければ売却できません。相続人をひとりずつ探し、意思確認をするだけでも、膨大な時間がかかります」
昔の慣習が障害となる事例はまだまだある。上下水道の図面が存在しないことだ。現在は工事の際に図面を行政へ提出するが、かつてはその制度がなかった。
恩田さん「地中にある配管は見えません。他人の土地の下を通っているケースもあります」
もし隣地を通っていた場合は、配管を移設するか、土地所有者同士で同意書を交わす必要がある。
向山さん「調査不足のまま売却すると、不動産会社が損害賠償を請求される可能性があります。そのため、調査だけで3年以上かかることも珍しくありません」
塩尻市の場合はさらに「市街化調整区域」の規制がハードルになる。「市街化調整区域」とは、農地や自然環境を守り、無秩序に住宅などが増えることを防ぐため、市街化を抑制する区域のことだ。原則として家を建てられない区域となっている。塩尻市は農村部の大部分の面積を市街化調整区域に占められている。「市街化調整区域」での空き家売買には、通常の空き家以上に調査に時間や手間を要すのだ。
恩田さん「市街化調整区域にある空き家は、売買できないわけではありませんが、各種証明が必要となります。農地や自然を守るという制度の目的は維持しながら、すでに存在する空き家については、売買や建て替え、利活用をしやすくする仕組みが必要だと思います。都市計画法の見直しや、緩和の必要性を感じています」

そして長年使われていない空き家は老朽化が進んでいるものも多く、安全面でのリスクをともなうものだ。時間が経つほど建物は傷み、売買だけでなく調査そのものも難しくなっていく。
恩田さん「家の中には靴で入ることをおすすめしますね。釘を踏んでしまえば破傷風になる危険性もありますし、動物が住み着いていることもあります。以前は解体業者さんが床を踏み抜き、大けがになりかけたこともありました」
2017年に奈良井宿で初めて手掛けた6軒すべての空き家は、解体代が土地代を上回る『マイナス査定』だった。その理由のひとつが、建物が密集し建っているために重機が入れず、解体はほぼ手作業となるために、通常の3倍から5倍の解体費用がかかるからだ。
向山さん「法定通りの仲介手数料では到底採算が合いません。行政とも相談し、所有者にも一定の経費を負担していただく形にしました。それでも利益というより、必要経費がまかなえる程度でした」
塩尻市の「空き家・空き地バンク」の体制が回り始めて10年が経ち、連絡会を通じた売買は、これまで253件が成立した。
恩田さん「塩尻市は相談窓口と、行政、我々の連絡会が、それぞれ役割を分担して取り組んでいます。塩尻の成果を見て、他の自治体から相談がありますが、この体制をおすすめしたいですね。相談窓口は行政のように人事異動がありませんから、何年もかかる案件にも継続して対応できます。行政と民間企業、その両輪があって初めて空き家は動くんです。それでも、まだ追いついていないのが現状ですね」
現在の塩尻市の空き家は1338件にのぼる。つまり売買件数を上回る空き家が発生しているということだ。

そして全国に目を向けても、住宅数は世帯数を大きく上回る。
恩田さん「余っている住宅を十分に利活用しないまま、新しい住宅は供給され続けています。空き家を利用する流れを社会全体でつくらないと、手遅れになってしまうと思います」
この10年間、空き家の価格に大きな変化はない。空き家の利活用を促進するための大きな施策が必要とされている。
向山さん「空き家がもっと注目されるといいですよね。一方で、新築の建築費は高くなっているので、中古住宅のリフォームや、自分らしくDIYすることも選択肢のひとつになればいいなと思います」
土地や畑、山は、大切な財産だ。しかし時代とともに価値観は変わり、相続した土地や空き家を、負担に感じる人も少なくない。維持管理や草刈りが必要なうえ、相続人が遠方で暮らしているケースも増えているからだ。
だからこそ『早めの相談』が重要だと話す。
向山さん「ぜひ空き家になりそうな段階で相談してほしいです。問題を先送りにすると、管理が難しくなり、資産価値も下がってしまいますし、売買も難しくなります。私たちは、少しでも良い条件で次の人へ引き継げるよう、お手伝いしたいと思っています」
空き家は所有者だけではなく、地域全体にとっても大きな問題となる。たとえば複数の家が燃えてしまう大火災へと被害が大きくなる理由のひとつは、空き家の存在だと言われている。火災が起きても誰も気付かず、延焼してしまうのだ。
向山さん「たとえば、空き家に捨てられたタバコの吸い殻から火災が起きても、誰も住んでいなければ発見が遅れます。空き家を解体して空き地にしておけば、延焼も防げますし、消防車の活動スペースも確保できます。空き家が一軒無くなるだけでも、地域の防災力や防犯力は高まるんです」
また、人の出入りがなくなれば、防犯面の不安も高まる。空き家一軒でも、地域の犯罪の温床になりえるのだ。
恩田さん「汚いもののところには、汚いものが集まるのは世の中の常です。大変だけど解決しなくてはなりません」
そして、空き家を課題ではなく『地域の未来をつくる資源』として活かすという視点も必要だという。空き家が生まれ変わり、住まいや店舗、交流の場として利活用されることは、新しい価値を生み出すことにつながる。
恩田さん「環境や景観が改善されれば、『塩尻に住んでみたい』と思う人も増えていくはずです。空き家の利活用は、地域の魅力を高めることにもつながっていくと思います」
空き家の利活用は、地域の未来を左右する。地域全体で考えていきたい問題でもあり、地域資源の話でもある。

取材:2026年7月
text:竹中唯 photo:山田智大
edit:近藤沙紀(三地編集室)、今井斐子