塩尻未来会議

2018/9/21

人生はシンプルに、やるかやらないか。”テクノロジー&食”をテーマに、やりたいことへの一歩目の踏み出し方を考える「信州スタートアップスクール×塩尻未来会議」を開催しました!

塩尻未来会議」は、塩尻市の未来を、市民と市役所が一緒に描いていく対話プロジェクト。市民や企業、NPO、そして行政など、塩尻のさまざまな関係者のみなさんの対話の場となることを目指して、継続的に開催されています。

2018年、4回目となる塩尻未来会議は、8月9日(木)、塩尻市大門一番町の公共施設「えんぱーく」で開催されました。今回は、長野県の起業・創業を応援する学びの場「信州スタートアップスクール」とのコラボ企画として、ゲストにリバネス株式会社 取締役副社長CTO・井上浄さんと「旅するおむすび屋」の菅本香菜さんをお迎えし、起業・創業をはじめとした、新しいことへのチャレンジの仕方についてお話を聞きました。

会場には、塩尻市内や県内はもちろん、県外からもたくさんの方が集まってくれました。性別も年齢もさまざまで、高校生から会社員まで。自営業の方も半数近くいました。

「やりたいことはあるけど何から始めたらいいんだろう?」、「いつか新しいことにチャレンジしたい!」そんな人たちが集い、まずは、「塩尻未来会議」が長野県の起業・創業を応援する学びの場「信州スタートアップスクール」とどうしてコラボをしたのか、信州スタートアップスクールを運営する事務局の藤原正賢さんより説明がありました。

長野県では、日本一創業しやすい県づくりを推進するため、起業・創業に関心のある人の学びの場「信州スタートアップスクール」を2018年8月にスタート。すでに事業を起こした人の話を聞いたり、事業を起こすことに関心のある仲間と出会う機会を塩尻でつくろうと、塩尻市の未来を、市民と市役所が一緒に描いていく対話プロジェクト「塩尻未来会議」と連携したのだそう。

そして、塩尻未来会議を運営する塩尻市役所地方創生推進課/nanoda代表の山田崇さんから、「さっき、東京都市大学 塩尻高等学校でも登壇してもらったんだけど、マジで浄さん、やばいっす!」という一言をいただいたあと、チェックインが始まりました。

はじめて会う人どうしのはずなのに、「ではどうぞ」と言われた次の瞬間から、会場はたくさんの声に包まれました。

まずは、ゲストのリバネス株式会社 取締役副社長CTO・井上浄さんのお話からスタートです。

両方やりたかったら、両方やれる方法を考えればいい

井上浄さん
博士(薬学)/ 薬剤師/株式会社リバネス 取締役副社長CTO
大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立。博士過程を修了後、北里大学理学部助教および講師、京都大学大学院医学研究科助教を経て、慶應義塾大学特任准教授、熊本大学薬学部先端薬学教授、慶應義塾大学薬学部客員教授に就任・兼務。研究開発を行いながら、大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等に携わる研究者。

井上さんは、山形に拠点を置き、免疫の研究に日々明け暮れている研究者です。研究者と聞くと、人と話すのが苦手であまり笑わなさそう……なんて堅いイメージがありましたが、井上さんはそんなイメージのかけらもなく、冒頭から「世界を変えるとか大胆なことを言っているんですけど、本当にやろうと思っています。」と話すとおり饒舌で、驚くほどの熱量!! ユーモアたっぷりのプレゼンテーションに、話が始まると会場一同、すぐに引き込まれていました。

研究を続けて、最終的になりたいイメージはこんな感じ、と教えてくれたのは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の博士、ドク。「自宅のガレージでタイムマシンをつくって、おまえを未来に連れていってやるって言ったんですよ! これを観て、僕は変わったんです」と興奮気味。

井上さんは大学生時代、多くの人が悩むように「研究するか、就職するか」という壁にぶち当たったのだとか。卒業研究を始めた途端、その答えが出ました。

好きなことを仕事にしたい。自分はやっぱり研究がしたい。ワーク/ライフバランスではなくて、ライフワークにしたい。機械の揃った大学でしかできない研究もあると、大学院に進学するものの、やりたい研究を提案しても、面白くないとダメ出しをされる日々が続きます。

井上さん「やりたい研究を実現するためには、自分で研究所を持たなきゃいけないってことがわかったんです。選択肢って、普通は選ばなきゃいけないですよね。でも、赤か白かって聞かれても、いやいや、僕は青が好きですって話じゃないですか(笑)。両方やりたいとしたら、両方やれる方法を考えるのがいい。欲張っていいんですよ。3つあったら、3つやる。シンプルでしょ。

ラッキーだったのは、仲間がいたことなんです。一人だったらできてないですね。「勝手にやってやろうと思ってるんだよね」と話すと「おまえも?」って言ってくれるヤツが2人いたんです。」

そして井上さんは、自分たちの研究所をつくるという思いが一致した仲間とともに、リバネスを設立。有限会社からスタートし、その後同じような熱意を持った15人が集まって、株式会社化します。

原点は、「俺の研究が一番おもしれえ」。

井上さん「でもね、大学院生だから、やりたいことはたくさんあっても、テクノロジーがなかったんです。自分たちが一番自信を持っているのは「俺の研究が一番おもしれえ」ということだった。じゃあ、その「一番おもしれえ」研究を、10年後に一緒に研究したいヤツに伝えに行こうぜと。それで始まったのが、中高生向けの「研究者による先端科学実験教室」です。これがリバネスの原点です。」

協和発酵キリン株式会社のWebサイトに掲載された井上さんの連載コラムをまとめた、著書『抗体物語』は、表紙に穴が空いている奇抜なデザイン。漫画版の『新抗体物語』は、協和発酵キリンの公式ホームページで無料で閲覧ができる。

井上さんは、「研究者による先端科学実験教室」を、のべ10万人くらいの中高生に実施しながらも、教育、人材、研究、創業の4分野で研究者の現場を応援するプロジェクトを推進。国内に9ヶ所の研究機関、海外ではマレーシア、シンガポール、アメリカ、イギリスにも子会社をつくるなど、16年ほどかけて、その活動の幅を広げます。

株式会社リバネスのWebサイト。リバネスの理念は「科学技術の発展と地球貢献を実現する」。研究者であり、事業者でもあることが特徴で、PDCA(plan、do、check、action)ではなくQPMI(question、passion、mission、innovation)で新たな価値の創造をつくっている。

井上さん「例えばね、僕らが困っていたのは、大学院生には研究費がないってことだったんです。すごい悔しかったから、自分たちでつくろうとリバネスで研究費をつくって、若手研究者に配りました。これは今でも続いています。他にも、中学生や高校生の研究発表の場をつくったり、熱意と個性のある研究者が企業と出会う「キャリアディカバリーフォーラム」を開催したり、尖った研究をする異分野の研究者と出会う「超異分野学会」を開いたり。自治体と金融機関、大学、企業と一緒に新しい研究を社会実装する「TECH PLANTER」も。各地域でやっていきたいんです。」

企業と共同で、これまでに若手研究者に渡した研究費は8,000万以上。研究者の創業応援は460チームにのぼり、最近では、先端技術のプロトタイプを町工場の人と一緒につくるなど、町工場の未来までも変えつつあるようです。


「人とは何か」をテーマにおいて開催される「超異分野学会」。人にまつわる多様なデータを統合的に理解することで生まれる新たな知識、技術について、国内外の研究者、ベンチャー、町工場、大企業の人々が集まり議論されている。

たった一人の「熱」が世界を変えるかもしれない

井上さん「僕、最初に「研究所をつくりたい」って言ったでしょ。9つ、つくりましたよ。僕が言いたいのは、たった一人の「熱」が世界を変えるかもしれないってことなんです。自分の選んだ道は正しいのか? って悩まなくていい。自分が進んだ道を正解にするんです。失敗したら笑い話にして、次の自分のストーリーにすればいいじゃないですか。何か新しいことを生み出そうと思っているなら、絶対に疑わずに、今自分が選ぼうとしているんだから正しい、と思うべきです。

ただし大前提があって、自分が決めたことであること。人のせいにしない。人のせいにするのはめちゃくちゃ簡単で、自分ごとにするのはめちゃくちゃエネルギーがいるんです。でも、だからこそ価値がある。仲間がいるとさらにやりやすくなるので、こういう場で、思い切り自分をぶちまけるのはアリだと思いますよ。」

井上さんは最後に、仕事の考え方について話してくれました。

井上さん「「事に仕える」のが仕事なのではなくて、「事を仕掛ける」のが仕事なんです。事を仕掛けてワクワクするのが仕事。明日仕事なんだよね、ワクワクするよね、という心持ちで、これから取り組んでほしいなと思います。

この間、すごいことが起こったんですよ。「先端科学実験教室」で出会った生徒さんが、リバネスに入社したんです。10年後に一緒に研究する仲間をつくれた。つまり、僕は未来をつくれたんです。つくればいいんです。でもそれは、今始めないと始まらない。未来をつくるために、何を仕掛けるのか。それが多分、仕事だと思います。」

「人生はシンプルに、やるかやらないか」と話す井上さん。

前向きに新しい一歩を踏み出しましょうと、会場のみんなと一緒に、「さぁ研究だ!!」と言って、高揚した気分のまま第二部を迎えることに。

そもそも、自分は何がやりたいのか?

次なるゲストは、「旅するおむすび屋」の菅本香菜さん。菅本さんは、食べものつき情報誌『くまもと食べる通信』の副編集長として活動後、株式会社CAMPFIREにてLOCAL・FOOD担当として全国各地のクラウドファンディングプロジェクトをサポート。そうした本業の傍ら、2017年5月に旅するおむすび屋『むすんでひらいて』プロジェクトを立ち上げました。

菅本香菜さん
株式会社CAMPFIRE LOCAL・FOOD担当 / 旅するおむすび屋
1991年、福岡県北九州市出身。熊本大学卒業後、不動産会社での営業を経て、食べものつき情報誌『くまもと食べる通信』の副編集長として活動。熊本震災後に上京し株式会社CAMPFIREに転職、LOCAL・FOOD担当として全国各地のクラウドファンディングプロジェクトをサポートしながら日本の魅力発信に努める。本業の傍ら2017年5月に、旅するおむすび屋『むすんでひらいて』プロジェクトを立ち上げた。

菅本さん「CAMPFIREで、プロジェクトをサポートしていたんですが、プロジェクトを立ち上げる人って、何かやりたいことを見つけた時に、「それをどうやってできるか?」を本気で考えて一歩を踏み出した人ばかりだったんですよね。それが羨ましくなったんです。自分も何かやってみたい。でも何がやりたいんだろう? そう考えたら、食という軸が出てきたんです。」

じつは菅本さんは、中学2年から高校3年までの6年間(高校2年生に1年間休学)、人間関係の悩みから、食べること自体が苦痛な「拒食症」だったのだそう。大学生の時に「その体験があったからこそ、できることがあるんじゃない?」と言われたことで、少しずつ自分の中に「食」というテーマが膨らんでいきます。

菅本さん「それまでは、自分の過去を恥ずかしいことだと思っていて。初めて、自分の闘病体験をいかせるかもしれないって思えたんです。闘病体験で気づいたことは、食べるものが体をつくっているということ、同じご飯を食べながら食卓を囲むしあわせ、食べ物の裏側にも物語があるということ。でもそれを、「どんな活動にして伝えるか?」というのは、すぐには糸口が見つかりませんでした。」

モヤモヤもワクワクも、まず、声をあげてみること

菅本さんは、「こんな活動がしたい」ではなく、「こんなモヤモヤを抱えている」ことを周囲の人に話しているうちに、新潟市のお米屋「飯塚商店」で、ひとり1品持ち寄って、みんなで朝ご飯を食べる「朝ごはん会」を開催する、コメタクの吉野さくらさんと出会います。

菅本さん「食卓を楽しむきっかけをつくりたいとか、食を軸に地域の情報を発信したいという二人に共通した思いが見つかって。食の大切さをハードルを下げて伝えたいね、って。それと、さくらちゃんはお米が好きで、私は海苔漁師さんを取材したご縁で、海苔が大好き。お米と海苔なら、おむすびだよね、と。」

意気投合した二人は、「おむすびから始めませんか?」を合言葉に、地域のこだわり・おむすび食材に出会うために、全国を巡って食の楽しさを再発見し、地域交流を生む、旅するおむすび屋「むすんでひらいて」を実現しようと、クラウドファンディングに挑戦することに。

CAMPFIREで挑戦した「”旅するおむすび屋さん”になりたい!」プロジェクトは、目標金額50万円に対し、100万円以上の支援を集めるという嬉しい結果に!

旅するおむすび屋「むすんでひらいて」の主な活動は、地域の食材を使って、みんなでむすんで、みんなで食べるというワークショップ。他にも、生産者と食べる人を結ぶ「おむすびツアー」を開催するなど、日本各地で開催希望の声が上がり、これまでに、全国20ヶ所以上、計60回以上も開催されました。

菅本さん「副業をしようと思って始めたわけではなくて、気がついたら、小さなナリワイ(副業)になっていたんですよね。モヤモヤもワクワクも、まず、声をあげてみることが大事だなって思うんです。それから、このプロジェクトは、新宿駅の高速バスターミナル「バスタ新宿」でさくらちゃんと話して、たった30分でほぼ形になりました。どこにチャンスがあるか、どこにやりたいことが実現できるきっかけがあるかって、本当にわからないなって思います。」

質疑応答の時間は駆け足となりましたが、「これまで、自分のやることに迷いはなかったのか?」という質問に、お二人はこう答えました。

菅本さん「「食」であればなんでもいい、ってわけではなかったんですよね。でも、それは何なのか? は見つけるのに時間がかかった。じつは大学卒業後、自分のやりたいことが見つかった時に、その営業ができるようにと、不動産会社に就職したんです。でも、やっぱりこの仕事じゃないってことにも気づいて。本当に好きなことをやりたいし、伝えたいですよね。見つけてからは、迷いはなかったです。」

井上さん「「研究」に出会ってから、迷いはないですね。でもね、大学に入学してすぐの頃は、脳の研究をしようと思っていたんです。それで脳の研究をしている研究室を志望したけど、人気があって、成績がよくないと入れない。僕は、入れなかったですねえ(笑)。それで、第二志望で入ったのが、薬剤学の研究室だったんです。たまたま僕のついた先生が免疫の研究をしていたんですが、これが、やってみるとめちゃくちゃ面白かった。免疫というテーマよりも、世界初の事実が目の前で、自分の手で証明できることに惚れたんでしょうね。」

テーブルごとに振り返りの時間を設けると、井上さんと菅本さん、お二人の熱意に触発されたのか、時間を過ぎてもまだまだ話足りなさそうな雰囲気。

自分が情熱を傾けられる、本当にやりたいことは何か。

そんな問いを考えずにはいられない会となりました。

(Text&Photo:増村江利子)