ワインと漆器を巡る大人の修学旅行

松山三四六さん監修ツアー「346アカデミー」の耕し方

塩尻市が企画する「346(さんしろう)アカデミー」。学校のような学びの場として、塩尻市の戦争と平和を軸に、文化と歴史を学ぶ観光ツアーです。学長は松山三四六さん、副学長を塩尻市職員である山田崇が務めています。

塩尻市の特産品である「ワインと漆器」に関連付けて、塩尻市の戦争と平和、産業のイノベーションを掘り下げていきます。 塩尻市のワイン造りは、戦争と深い関係があります。塩尻市のワインの歴史を学ぶことで、平和に思いを寄せるツアー内容です。また、伝統工芸の木曽漆器を、現代の文化に調和させるために、変化を続ける漆器のイノベーションにも迫ります。

今回のツアー内容は、塩尻市内から漆器の町「木曽平沢」から始まり、ワイン醸造の授業が行われる「塩尻志学館高等学校」へ向かうルートです。新型コロナウイルス対策のため、少人数かつ密にならないように移動し、消毒や換気もこまめに行います。

●漆器の里「木曽平沢」へ


ツアー最初の目的地は、漆器の町「木曽平沢」。塩尻駅から車で30分ほど南西に進んだ山間の地域です。江戸時代から、中山道の漆器生産地として栄えています。

木曽平沢は重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。漆器店が軒を連ね、江戸時代の街道を感じさせる町です。

 


三四六さんがこの地をゆっくり歩いたのは初めて。ノスタルジックな町並みに「いいところだなぁ」と声をあげました。

 

●漆×ガラスのイノベーション

最初に訪れたのは「丸嘉小坂漆器店」。街道に建つ看板を目印に、店舗へと足を進めます。


丸嘉小坂漆器店は1945年に創業。繊細なガラス製の皿やワイングラスなどに、漆で色彩をまとわせた商品が並びます。雑貨屋のような、おしゃれなディスプレイが目を楽しませます。


「当初は座卓制作が中心の仕事でしたが、ライフスタイルの変化とともに、その需要が減少。現代の食卓に合う新しいテーブルウェアの開発に乗り出しました。」と話すのは、代表の小坂玲央さんです。

“漆を塗ったガラス製品ができれば、今まで誰も見たことのない美しい商品になる“との思いから、長野県工業技術試験場と共に研究を開始。研究によりガラスに漆を塗ることができるようになり1994年に、ガラスと漆を合わせた食器ブランド「すいとうよ」を世に出しました。


「これでワインを飲んだら、おいしいんだろうな」と三四六さん。手にするワイングラスの柄には、漆が塗られています。こちらもガラスに漆が添えられたブランド「たおやか」の商品。漆の光沢が抑えられているのは、金属粉と漆を重ねる蒔時(まきじ)という技術によるもので、落ち着いた色味が特徴です。

「漆の美しさを応用させたんでしょう? これこそ温故知新の芸術だね。」と、三四六さんも感嘆します。漆とガラスが、見事に調和するイノベーションが生まれました。

●新しい挑戦と、お客さんと思いを通わせる接客

続いて訪れたのは、創業明治40年の「山加荻村漆器店」。店舗の中は“漆器のある生活”を提案する展示になっています。


こちらのお店には、漆器ではない商品も並びます。艶消ししたマットな風合いが特徴のお盆やお屠蘇(とそ)。これらは料理研究家・宮澤奈々さんとコラボレーションした「BON TEMAE」「SUZU bon」「TOSO」というブランドの商品です。伊勢丹新宿店のショーウィンドーを飾ったこともあります。

「漆器店が手がけるものは木や漆を使わなきゃいけないという固定概念をなくしました。」と社長の荻村実さんは話します。

「漆器の未来を明るくしたいとアイディアを考え続けたことから商品は生まれました。漆器を知らない顧客層にも、漆器の魅力を伝えるきっかけをつくれたと思います。」


木曽平沢には、街道沿いに店舗、奥に工房として使われる土蔵を構えた漆器店が多くあります。山加荻村漆器店も店舗の奥が土蔵となっており、現在は漆器を展示するギャラリーとして使われています。


「ゆったりお茶を飲みながら漆器を選んでもらえるといいですね。」と、荻村さん。

「コロナ禍が収まれば、木曽漆器のワイングラスでワインを飲みながら、僕がギターを弾くイベントなんかも、このスペースでできますよね。」と三四六さん。新たなコラボレーションが始まりそうです。

 


●ワインガールズの聖地を訪ねて

最後に向かったのは、ブドウの栽培から醸造までを一貫して手掛ける授業を行う「塩尻志学館高等学校」。三四六さんが手掛けた小説「ワインガールズ」の舞台でもあり、かつて国産ワインコンクールで、銅賞を受賞した実力があります。志学館高校の都筑勝先生が迎えてくれました。

 


なぜ、高校でワイン醸造の授業があるのか——。実は志学館高校のワイン醸造の歴史は、戦争から始まります。志学館高校に醸造免許が交付されたのは、太平洋戦争中の1943年。ワインに含まれる酒石酸に軍事需要があったことから「ワインは武器」として学生に造らせていました。当時、松本税務署長から交付されたワインの醸造免許許可証が黒板の上に掲示されています。

「手書きだ。戦時中の混乱がわかるよね。」と三四六さん。


それからおよそ80年もの間、ワイン醸造の歴史が続いています。学校の敷地内には、垣根仕立て700㎡、棚仕立て2600㎡の広いぶどう畑があり、2020年はメルローをはじめ、コンコードやカベルネ・ソーヴィニョン、ナイアガラ、シャルドネ、甲州が栽培されました。生徒自身が栽培管理を行います。


畑で収穫されたぶどうは、粒をつぶしたり圧縮機にかけたりと加工されて、フレンチオーク樽で熟成されます。木樽は木目から酸素が入り込むため、ステンレスタンクで熟成させるよりも、香りや色、味わいが深くなるのだそう。木樽は高価なものになるので、公立学校が購入するのは大変だったとのことです。


ワインはここで樽詰めされて1年、瓶詰めされてから1年寝かされます。2年後の完成時は、高校生はちょうど成人を迎える年です。

「自分たちの手で造ったワインで、成人の日に祝杯を交わす。この素敵な物語を、小説で描きたかったんです。」と三四六さんが著書の背景を語ります。


ワインは、成人を迎えた卒業生に渡されるほか、文化祭でも販売されています。しかし、今年は新型コロナウイルスの影響で文化祭が中止になってしまいました。

志学館高校の醸造自体がとても特殊なケースということもあり、販売は文化祭のみ、ワインの保管もひとつの加工部屋のみに限られているとのこと。2年前の高校生が手掛けたワインは、お客さんの手に渡ることなく、授業が行われる部屋を占領する状態になっています。

「文化祭ではあっという間に毎年売り切れていましたよね。コロナ禍において、ほかのプロのワインは、ネットなどで販路を広げられるのに、志学館高校はそれが許されない唯一のワイナリーでしょう。大人たちがなんとかしてあげなきゃ駄目だと僕は思うな。」と三四六さん。

「このままでは授業にも支障が出てしまうので、2021年は文化祭を開催できることを願っています。開催できないのなら、譲渡するプランなども塩尻市などと検討したい」と都筑先生は話します。


●コロナ禍のワイン醸造と、塩尻市の希望

2020年度は、新型コロナウイルスの影響によりブドウ苗の定植体験や、文化祭、フランスへのワイナリー研修も中止になってしまいました。高校生の貴重な体験の場が奪われてしまったことに、高校生たちはどのように感じているのでしょうか。三四六さんの心配には「残念なこともありましたが、その状況の中でも高校生たちは前向きです。着々と、黙々と、今やるべきことをやっている感じです。」と都筑先生が返します。

高校生がワインを醸造できるのは、日本では志学館高校が唯一。その特性を活かして、卒業後はワイナリーや大学など、ワイン醸造の授業を選択した生徒全員の進路が決まっており、次の目標へと進んでいくとのことです。

三四六さんは「勇気づけられる話だよなぁ。今の状況で、自分たちができることに立ち向かっているんだ。」と感心します


都筑先生は「ワインはとても可能性のある産業」ということを、志学館高校のある桔梗ヶ原の地から感じられています。

「この地に住んでいる若い方たちに、地域をもっと知ってもらい、自分たちのワインは美味しいんだ、と誇りに思ってほしい。そのための拠点となるのが、この志学館高校なんでしょうね。高校生たちはワインを飲めないのに、3年間の情熱を醸造に込めている。その理由は、自分たちの地域に愛を持っているからです。」と都筑先生。

「塩尻市が日本一のブドウの里を目指すのだったら、志学館高校のワイン醸造を絶やさないで、シンボリックな存在とするべき。大切にこれからも育てていこうというメッセージを、僕も発信し続けます。」と三四六さんも応えます。


「無形文化遺産になってほしい」という先生の願いに「高校生が戦争をきっかけに、およそ80年もの時を経て、今でも造り続けているワインです。先生、次はそこを目指しましょう。」と三四六さんも頷きます。

——「346(さんしろう)アカデミー」で学ぶ、塩尻市の文化と歴史。塩尻市の未来や希望が見える、貴重なツアーとなりました。


text:山田 智弘、photo:竹中 唯

塩尻耕人たち