空き店舗を改装したカフェで塩尻を混ぜ合わせたい!

ミングル 海津由紀子さん、細萱友里さん、細萱奈央さんの耕し方

母と娘ふたりで運営するカフェ

2018年1月、塩尻に一軒のカフェがオープンした。青空のような爽やかなブルーグレーの店内には、アンティークのイスやテーブルが並ぶ。カフェスペースの隣には、パリにでもありそうな落ち着いた雰囲気の古着屋さん。ヴィンテージの洋服やバッグ、靴が置かれている。雑誌のカフェ特集に出てきそうなこのカフェは「ミングル」という。

ユニークなのは、母と娘ふたりによる家族経営というところ。店頭に立つのが母の海津由紀子さんと長女の友里さんで、キッチンでお菓子作りに精を出しているのが次女の奈央さん。友里さんは、古着の仕入れやディスプレイも担当している。なぜ塩尻でカフェ? なぜ親子で? いくつかの疑問を抱えて、2月某日、ミングルを訪ねた。

海津由紀子さんの母方の祖父母は、塩尻の大門商店街で写真館を経営していた。その後継ぎとして、都内の国会図書館で働いていた由紀子さんの父と母に声がかかったそうだ。仕事を辞めて移住してきた父母は写真館を手伝い始め、そのうちに由紀子さんが生まれた。

子どもの頃の由紀子さんにとって、商店街は「庭」のような感覚だったという。

「自宅は別の場所にあったんですが、父と母が写真館にいるのでいつも商店街に行っていました。商店街のみんなが知り合いで、家と家の垣根もあまりない感じでした。一番下の弟なんて、いつもいろんなお家でおやつを食べていましたね。全員親戚だと思っていたと言っていましたから(笑)」

文字通り、塩尻で生まれ育った由紀子さん。高校卒業後、洋服のデザイナーを目指して都内の短大に入り上京したが、卒業する2年後にはまた塩尻に戻ってきた。松本の企業で働き始めてからも、塩尻の実家から通っていたそうだ。しかし、結婚して松本や安曇野に移ってからは、「実家がある町」という感覚しかなかったと振り返る。それから時がたち、故郷の塩尻にカフェを開くことになったきっかけは、ふたりの娘さんだった。



娘ふたりは東京へ

由紀子さんの影響もあり、子どもの頃から「洋服の仕事がしたい!」と思っていた友里さんは、高校を卒業してすぐに上京。アルバイトを掛け持ちしながら一目惚れした原宿のキャットストリートにある古着屋に3年間も通いつめ、そこで仕事を得た。憧れの古着屋での仕事は充実していたが、なにかと慌ただしい東京生活が続くうちに疲労を感じるようになり、「自分には長野の方が合っているんだろうな」と思うようになったそうだ。

一方の奈央さんは、中学を卒業するタイミングで友里さんと一緒に上京し、フリースクールに入った。そこは決まったカリキュラムがない学校だったので、ほとんど毎日、年下の子とお菓子作りをして過ごした。どれだけお菓子を作っても飽きなかったことで、「お菓子作りが好きなんだな」と自覚したという。

そのうちに学校のクリスマス会などイベントでお菓子を出すようになり、在学中にアルバイトもスタート。18歳で学校を卒業した後は鎌倉で一人暮らしをしながら、立ち上げられたばかりの移動販売のケーキ屋さんで働き始めた。ここで働いたことが今につながっていく。

「ケーキ屋さんって仕事がハードで、働いている人からも大変って聞くんですけど、ここは全然そういう感じじゃなかったですね。働いていたお店はオーナーさんがとても柔軟な考えの人で、すごく楽しかったです」

もともと、奈央さんは大好きなお菓子作りを仕事にすることを躊躇していたのだが、ケーキ屋さんでの仕事を通して考えが変わり、「自分が一番やりたいことはこの道なのかな」と思うようになったそうだ。

同時に、長野に帰省した時に道の駅や直売所で売られている新鮮で美味しそうな野菜を見て「ケーキにしたら美味しそうだな。ここに住んだら楽しそうだな」と感じていた。そうして鎌倉で働き始めて2年が経った頃、安曇野にある実家に戻ることを決めた。



カフェ開店に躊躇なし

安曇野に戻った奈央さんは、毎日、お菓子とパンを作り続けた。この時は「カフェをやろう」という考えはなく、鎌倉で働くうちに芽生えた「こういうお菓子とパンをつくりたい」という思いを形にしている感覚だった。本当に毎日、毎日、作るので家族ではとても食べきれず、いろいろな人に「どうぞ、食べてください」とおすそ分けしていた。

一緒に暮らしていた由紀子さんと奈央さんの間で、お店を開こうというアイデアが出たのは、2017年の夏。最初はお菓子屋さんをイメージしていたが、「その場で食べてもらいたい」という奈央さんの思いから、カフェになった。

一般的に、お店を始めるのはハードルが高いイメージがある。物件を探して、借りて、内装をして、という手続きも簡単にはいかないだろう。しかし、由紀子さんにはまったくプレッシャーを感じていなかったと振り返る。

「父と母が独立して開いた写真館が、今のミングルの場所なんです。父が亡くなってからも、弟が後を継いで写真館を続けたり、洋服屋をしたりしていました。でも5、6年前から空き店舗になっていて、なかなか借りてくれる人がいなかった。そのタイミングで奈央がお菓子屋さんをやりたいと言ったから、弟も『じゃあ下を使ったら?』と言ってくれて。ここでずっと商売をしていたから、自分がやるということに関しても躊躇はなかったですね」

とんとん拍子で話が進み、由紀子さんが友里さんに「カフェを始める」と話をしたら、友里さんの心も決まった。長野に帰りたいという思いを抱きつつ、地元にはやりたい仕事がないということがネックだったが、友里さんはずっと古着屋で働いていたので、接客は得意としている。古着を売るスペースもある。大好きな古着を売りながら、親子で働くのは魅力的な選択肢に思えた。

「じゃあ私も一緒にやる!」


塩尻を「ミングル」する

店舗のデザインは、由紀子さんが知り合いのデザイナーと一緒に進めた。「仕事を辞めて安曇野に帰ってきたら、もうデザインとか設計図ができていました」と友里さんは振り返る。カフェのデザインは奈央さん、古着屋のデザインは友里さんをイメージしたというから、母の愛を感じる。

オープンから1年、それぞれ、どんな感想を抱いているのだろうか? 友里さんは、手ごたえを感じているようだ。

「私と奈央にとってはおばあちゃんの家があること以外、馴染みのない町でした。知り合いもほとんどいないんですが、想像以上に多くのお客さんが来てくれていると感じています。地元の方もあまり年齢に関係なく、高校生の子からご年配の方まで来てくれますし、塩尻の市外や長野県外、名古屋や北海道からも来てくれた方がいました。古着も、だんだんお客さんが付いていて、思っていたよりいい感じです。良いお店であればお客さんはきっと場所にかかわらず足を運んでくれると思うようになりました」

お客さんが想像以上に多いということは、ひとりでお菓子やケーキ、パンをつくっている奈央さんの負担が増えることを意味する。奈央さんに「お店は楽しいですか?」と尋ねたら、「大変と感じることの方が多い」と苦笑した。

「ひとりでやるのは体力的に大変だなって。お菓子がなくなっちゃったらどうしようというのもあるし。ありがたいですけどね。最近は自分のできることをやるだけって思っています。楽しむ気持ちを大切にしたいです」

ちなみに、ケーキのオーダーを始めたところ、注文が増えているという。奈央さんにとっては嬉しい悲鳴といったところだろう。

塩尻が生まれ故郷の由紀子さんは、「ちょっと不思議な感じがしますね」。

「塩尻とはちょっと疎遠になっていたんですけど、お店を開いたら毎日母と会えるようになったし、弟たちも顔を出してくれて、すごく家族と近くなったんです。ずっと会ってなかった地元の友達とか、小学校の時の先生もお店に来てくれて、とにかくいろいろな人に会うようになりました。それはお店を開いてよかったと思うところですね」

母と娘といえども、三者三様。でも、3人は互いの得意分野を活かし、苦手な部分を補い合っている。店名の「ミングル」はフランス語で「混ざる」という意味。まさしく、3人は上手い具合に混ざり合って今日も店に立っているのだ。そして、きっと市内外、県内外からお客さんが集うお店は、塩尻をミングルしているのだろう。


text:川内イオ photo:望月葉子

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