そば打ちを通して地域を元気にしたい

NPO法人信州そばアカデミー 木下喜良さんの耕し方

江戸時代から続く、そばの文化を伝え残す

休日の午前中、道場に人々が集まる。大きな漆の鉢、多数の麺棒が並ぶ。ここはNPO法人「信州そばアカデミー」の本部であり、そば打ちの道場がある。老いも若きも、みな真剣にそばと向き合い、道場にはそばを打つ音と名人の指導の声が響く。
「より多くの人に塩尻のそばの歴史と文化を伝えたい」と笑顔で語るのは、副理事長の木下喜良さんだ。木下商店の創業者として事業を行いながら、11年前に信州そばアカデミーの設立に関わった。
「塩尻とそばとの関係はとても深い」と木下さんは語る。江戸時代の文献には、塩尻市の本山宿で「そば切り」を客に出したことが明記されている。そば切りとは、いわゆる通常目にする麺状のそばだ。現在のようなそばの食べ方は、中山道発の文化と言われている。

NPO法人信州そばアカデミーは、塩尻のそばの歴史と文化を発信し後世に伝え残すこと、そしてそば打ち技術の継承・発展を目指している。2006年に信州そばアカデミーを立ち上げてから、そば打ち講習やイベントなどの活動を積極的に展開。2014年にはNPO法人格を取得し、現在では80名ほどの会員が所属しており、中には長野や諏訪、茅野、隣県など遠方からそばを打ちにくる会員もいるほどだ。


塩尻の地で一国一城の主になると決めた20代

木下さんは塩尻市内の高校を卒業後、東京に出て公務員として働いていた。しかし、長男であることもあり、上京から9年後、長野に帰り塩尻の地で創業することを決めた。「環境と景色がいいし、モノも食もどれもこれも豊富にあり、人間性も素晴らしい」。それが塩尻を選んだ理由だった。

酒類販売免許の資格を取り、1975年に木下商店を創業。酒屋から運送業、業務用の食材の卸業など、時代や顧客のニーズに合わせてさまざまな事業を展開してきた。2016年にご子息に社長を譲ったが、今も会長として商店の経営に関わり続けている。「早くすべてを任せてそば打ちに熱中させてほしいんですけどね」と木下さんは笑う。
木下商店の社長として、地域のお客様のニーズに応えながら活躍してきた木下さんが、そば打ちに魅入られたのは、商店街の役員としての活動がきっかけだった。当時、「地域のお客様たちに手づくりで感謝の想いを伝える方法はないか」という話が持ち上がり、そばを打って振舞うこととなった。しかし、そば打ちは難しく、教えてもらっている時はできるのに、ひとりで打つとなるとなかなかうまくいかない。
「そばの難しさ、そして食べていただいた時のお客さんの笑顔、これが忘れられなくてね」。こうして木下さんは、そばの世界にはまっていった。


そば仲間とともに広がり続ける活動

「より多くの人にそばの良さを知ってほしい」。その想いから、信州そばアカデミーは多様な会員を受け入れている。ある日、木下さんは窓からそば打ちの様子を覗いている高齢の男性に声をかけた。聞くと、病気のリハビリを兼ねてそば打ちをしたいという。その男性はそばアカデミーに通ううちに、当初と見違うほど手も体も動くようになった。「あの時、声をかけてよかった。ここにいるとね、いろいろな経験ができますよ」と木下さんは微笑む。

そばを通してできた仲間の絆は強い。仲間から声がかかれば、どこへでも飛んで行って手伝うのだという。松本市で開催される「信州・松本そば祭り」が良い例だ。17、8人がかりで、1日あたり1000食のそばを3日間打ち続けるのだという。本物の美味しいものを食べてもらうため、冷凍は一切行わず、朝から晩までひとり当たり10回ほど打つ。「塩尻のそばの歴史と文化をひとりでも多くの人に伝えたい」という想いが、木下さんやそば仲間を動かす。
木下さんが所属する団体では、新しい取り組みとして「実践講座基礎コース」を開催した。講座には、ソバの栽培もあり、木下さん所有の畑でソバを育てて、収穫し、石臼で製粉して、そば打ちまで行うのだ。

木下さんは、やがては子どもたちにそば打ちを伝えていきたいという。小さい頃から塩尻の文化、とりわけそば打ちを体験することで、大人になってから塩尻を思い出すきっかけになるはずだ。最近では高校生を対象に「そば打ち甲子園」という全国大会が開催され、「若い人にもそば打ちの良さを知ってほしい」という木下さんの願いが叶いつつある。



「これからの私の人生はそばに捧げる。それがね、地域のためになればいい」

現在の信州そばアカデミー本部は、木下さん所有の土地に建てられている。自身の所有する土地や畑を提供してまで、そば打ちに人生を捧げる木下さん。その原動力はどこからくるのだろうか。
所属する全麺協の教えの「そば道の基本理念」は、「そば道は手打ちそばを通じて自らを高め、心豊かで潤いのある人生を歩み社会に貢献することです」とある。「そば道においてそばを打つ目的は3つあります。ひとつは自分づくりであり、ひとつは仲間づくり。そして大きな目的が地域づくり、地域活性化なんですね」。
各地にいる会員がそれぞれにそば祭りを開催したり、参加するなどして地域活性化に取り組んでいる。「地域の人々と交流することで、仲間が増えればいいと思っています。そばを通して、町の中で活動するリーダーとして育ってくれればいい。地域活性化っていうのは簡単にはできないですから」。


「そば道の修行は一生かかっても終わらない」そう言って、木下さんは今日もそばを打つ。その姿に刺激されて、多くの仲間が集まって来た。そばを通したまちづくりを目指して、木下さんのそば修行はこれからもこの塩尻の地で続いていくのだろう。

 

*この記事は、「旅するスクール」に参加したメンバーが作成しました。

文:苫米地花菜
写真:大橋千里
編集:大井久美子


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